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第三話 記憶にない記録 *
ベットの上に一人下ろされた青年はボロボロと涙を落とし、「いや、いや」と首をふる。駄々をこねる子どものようだ。彼は、彼をベッドに下ろした男のスーツをつかんで離さない。
「いくな、離すなよ、ここにいてくれなきゃ、いや、いや……いやだ、……なあっ」
泣きながら乞う彼に、男はため息を吐くと、着ていたスーツを脱いで渡した。彼は四つん這いになり残り香のついた男のスーツに顔を埋めると、泣きながらゆらゆらと腰を揺らす。彼は手をズボンの中にいれ、グチャと水音を立てながら、ゆらゆらと揺れる。
「あ、うう、熱い、熱い……苦しい、早く、さっきみたいに、抱っこして……足りない、こんな匂いじゃ……」
男はベッドに腰を下ろすと、自分のスーツを嗅ぎながら熱を解消しようとしている彼に手を伸ばす。彼は男に頭を撫でられるだけで、高い声であえいだ。
「きみ、名前を教えてくれ」
「は、あっ……もっと、……触って、ン、……そばにいて、一人にしないで……」
「名前だよ。ほら、返事をしなさい」
ぱちんと男が青年の頬を軽く叩くと、彼は焦点の合わない目で「コウタ」と答えた。男はそれを聞くと「コウタくん、私は成亮だ」と名乗る。その間もコウタは成亮の匂いを求めてスーツに顔を埋めて深呼吸をする。
コウタは発情し、熱をもてあましていた。そんな彼を見て、成亮も唾を飲む。
「しげあき……しげあき、もっと、近くに、きて……」
「コウタくん……いいかい。きみに車で飲ませたフェロモン抑制剤は市販のものだ。それなりに効くはずだが、フェロモン分泌はおさえても、始まってしまった発情期を止めるものではない。発情期は止めるものでもないから、始まった以上止める手段もない……だから、きみには、これから……ここで、私の家で発情期の間、避難を、してもらう。ここは、外部にフェロモンはでないようにしてあるから、……コウタ、聞いてくれ」
「ん、ん、……しげあき、はぁ、……」
成亮の言葉を聞いているのかいないのか、コウタはスーツを被ったまま、成亮に寄り、縋る。そんなコウタを撫でる成亮の手はふるえていた。
「コウタ、きみにパートナーはいないんだよな? 車でも聞いたが……私の理性が残ってる内にもう一度答えてくれ、……」
「いないっ! 保護者も、いない! 答えたじゃん、さっき、……こんなの、あんただけなの! あんたも俺を捨てんのかよ! ねえ、なんで? なんでぎゅってしてくれないの……?」
「う、……この、香り、……」
「しげあき、……もっと近くに、きて……」
Ωのフェロモンはαを誘うもの。それは『運命』であれば抗えない。何故なら、それは種として正しい交配だからだ。
「……はやく、抱いて?」
――ブツン、とそこで映像が途絶えた。
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