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「やっぱり怖くて、これ以上スピード出せないわ」
視力を失って外を走るのは初めてなのだろう。誰も最初はそうだ。だけど……。
「大丈夫、僕を信じてスピード上げてごらん。何かあっても守るから」
陽毬は頷くと徐々にスピードを上げていく。
「もっと左手を振っても大丈夫?」
「ああ、手の振りは僕が合わせるから」
彼女の左手の振りが大きくなる、更に彼女の速度が上がった。
「左コーナーが始まるよ。『きずな』を引くからそれに合わせて」
「はい」
コーナーのカーブに合わせ、『きずな』を内側へ引く。最初は『きずな』に力が入ったり緩んだりしていたけど、徐々にそれも安定して来た。
「コーナーが終わるよ。バックストレートだ」
「うん、分かった」
彼女が更に加速する。それは驚愕の速度だった。歩幅を彼女に合わせているとはいえ、並んで走るのがやっとだ。
その時だった。隣のグランドからサッカーボールが前方のトラックに転がって来たのが見えた。
「陽毬、ボールだ。少し右へ」
「えっ?」
その瞬間、彼女の足が縺れて前のめりに倒れそうになった。その寸前に彼女を後ろから抱き締めて、何とか転倒は回避できた。
「危なかったわ。ありがとう。助けてくれて」
「いや、君を守るのは伴走者の役目だから」
彼女が僕を見上げて口角を上げた。
「でも久しぶりに外を走って、本当に楽しい。それに……」
「それに?」
「……貴方と一緒に走れて……とても嬉しい……」
その彼女の笑顔に、僕の心臓の鼓動が更に高まっていた。
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