最後の選考レース

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最後の選考レース

「加藤! ラスト一周だ!」  コーチの声が耳に響く。ゴール脇の大型時計の表示はもう『28:55』。今年の箱根駅伝に向けた選手枠足切りタイムは一万メートル三〇分だ。残り一分五秒。既に二十四周を駆け抜けて重たくなった両脚に鞭打ち速度を上げる。  箱根駅伝の選手枠に手が届きそうと言っても、帝国大学の厚い選手層を考えれば、出場選手のポジションを獲得するのは簡単ではなかった。毎年の選考で僕は今一歩の所で何度も挫折を味わっていた。だけど……今年こそは……。 「光一! 頑張れ!」  トラックの外から聞き慣れた声が響く。視線をそちらに向けると恋人の陽毬がこちらに向かって叫んでいる。彼女は先週の全国女子大学駅伝大会で区間新記録を叩き出し、帝国大学を優勝に導いている。その彼女に負けない様に、卒業前最後(ラストチャンス)の箱根駅伝出場を絶対に勝ち取らなけくちゃいけない。僕達が未来に向かって走り出す為にも……。  残った力を振り絞りラストスパートに入った。最終コーナーを回り最後(ファイナル)の百メートルの直線を駆け抜ける。  しかしゴールラインを切った瞬間、時計を見ると、そこには『30:02』と表示されていた。
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