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直ぐに診察室のドアが開き、白杖を突いた女性が入って来る。少し痩せただろうか、小麦色だった肌はすっかり色褪せてしまっている。でも彼女は……。
「……陽毬……」
僕の声が聴こえたのだろう、彼女が首を傾げ少し口角を上げた。
「……ああ、光一。声、変わってないね」
急いで立ち上がると、彼女を診察室の椅子に座らせた。
「ありがとう光一。良かった、やっと貴方の診察を受けれて」
そう言って彼女が笑顔を向けてくれる。でも僕の姿は見えないのだろう、視線は僕の顔から微妙にズレている。
「さっき、濵横大学の診察データーを見たよ。君は『網膜色素変性症』なんだね?」
「そう、それも私みたいに二年で失明レベルに達するのは珍しいんだって」
僕はもう一度、パソコンに表示されている診断データーを眺めた。
「そうだね。僕もこんな進行が速い症例を初めて見たよ。もう殆ど見えないのかい?」
「ええ、何となく貴方の陰が光の中に見えるだけ。ものを判別するのは難しいから……もう走れなくなっちゃった……」
「それで、東京オリンピックでの活躍を最後に陸上界から居なくなったんだね?」
陽毬が大きく頷いている。
「でも、私、まだ陸上競技に復帰したいと思っている。出来たら来年のパリ・オリンピックに出場してメダルを取りたい。ねぇ、スーパードクターの加藤先生。半年前のテレビで光一が日本一のお医者様って知ったの。私の病気をiPS細胞の移植で治してくれる?」
少し考えて、彼女にこう言った。
「まずは、精密検査をさせて欲しい。その上で、最適な治療法について相談しよう。いいね?」
陽毬は再び大きく頷いた。
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