残滓

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「ごちそうさまでした」  さも満足したかのように、私は店主に微笑んだ。  珈琲を美味しいと思えないのはこちらの問題だ。きっとこの人は世界中から美味しい豆を厳選して仕入れ、最高の仕事をしたに違いないのだから。 「悪いけれど、カードでお願いします」  財布を開けば、現金がほとんど入っていない。私が差し出したカードの券面を見て、店主は動きを止めた。 「失礼ですが、美樹さんのご家族ですか?」  その名前が出たことに驚いた。カードを見て気づいたということは、美樹のフルネームを知っているのだろう。個人的に話をするような仲だったのかと、胸がチクリと痛んだ。 「美樹と、お知り合いでしたか?」  口の中のざらつきが、珈琲の粉のせいか心情的なものかわからない。私が口元だけで微笑して聞くと、店主は寂しそうな顔で首を横に振った。 「いえ……ただ、以前はよく来てくれたので。お名前はノートに書いてあったのが見えただけです。最近いらっしゃらないのは……試験か何かですか?」  ああ、美樹はここで、ノートを広げ、課題かテスト勉強をしたことがあるのか。誰に似たのか、真面目な子だった。机に向かっていた後ろ姿を思い出し、懐かしさと寂しさで胸が塞ぐ。
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