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もう1cm
◇
「炬燵ある家って良いよなー」
とかなんとか言いながら寝そべり、片手でスマホを弄りながら、もう片方の手は炬燵の中で、隣り合った面に座る空の方へ無造作に伸ばす。
あれ? おかしい。その体勢なら、きっとこの辺りに手があるはず。……ない。なぜだ。うっかり触れ合うのを期待して、ここいらに手を投げ出しているはずだろう? だって、俺がそうだから。
小首を傾げながら、それでもじりじりと身体の位置を変え距離を詰める。
よし、もう一センチ、いや五センチ伸ばしてみよう。だって、こいつ、俺のこと好きだもん。好きなら触れたいし、触れたいなら、絶対絶対、そこに手はある。俺には確信がある。だって、俺がそうだから。
でも、もし、なかったら、
その時は……
もうあと十センチ手を伸ばそう!
そんで、好きだって、付き合ってって言おう。例えその気がなくても、こいつは俺に甘いからなあなあに受け入れてくれるはずだ。
そしたらなあなあに関係を深くしていくだろ? 身体に引きずられてなあなあに好きになってくれるだろ? 就職のタイミングでなあなあに上京させて同棲するだろ? 後はなあなあにずっと一緒に生きてくだけだ。時間をかけてなあなあでなし崩しだ。家族だってなし崩しだ。これが俺の計画だ。
遠くで除夜の鐘が鳴っている。強制的に厳かな心持ちにさせられるこの音と大晦日の雰囲気が、俺は大嫌いだ。煩悩も欲望も、先にある幸福に向かう立派な動機じゃないか。心など引き締められて堪るか。どうしても欲しいものを見つけたのだから、遮二無二がつがつ取りに行くだけだ。
ああ、もう良いや。面倒臭い。
なかなか行き当たらず彷徨わされた手が苛立つ。手慰みに弄っていただけのスマホを置き、上体を起こして思い人に向き直ると、炬燵の上で手の平をずいと差し出した。
「なあ、お前の手、どこ? 早く出して」
戸惑ったような不安げな色を瞳に宿した空は、それでも素直におずおずと手を乗せてくる。「え? 手相?」とか言っちゃって。ほら、やっぱりこいつは甘い。
チョロすぎて危ねえな。と口の中で独り言ちながら、自分のより幾分か華奢で骨っぽい手をがっしりと掴み、握り込む。
おーし。捕まえた。
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