チンチラを飼うか飼わないか──(番外編/その後の二人②)

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「愛くるしい、チンチラも……それ以外も」  ──ネズミだろうがチンチラだろうがハムスターだろうがそれ以外だろうが、俺から目移りしたら水槽に沈めるよ。 「うん」 「何もいらないんだ。春が、春にいがいれば」  ──なにって……だってこっから出てくるせーし、死ぬまで使い道ねえじゃん。 「うん、うん」 「春しか……」  ──なあ、いらねえよな。  ──春は一生俺のものでしょ、じゃあ必要ないじゃんちょん切ってもさ。  ぽんぽんと琉笑夢の頭を叩いてやる。  促してもいるし、慰めてもいるし、わかってやれなかったことを悔いてもいた。 「どこにもいかないで、春」  チンチラの致死遺伝子とは。  その遺伝子を持つ個体を死なせてしまう遺伝子のことだ。赤ん坊は腹の中では育たない。育たずに死ぬ。  小さな小さな命が、生きて生まれてくることは、ない。 「春。お願いだから、そばにいてよ」  ──いいよ。道子さんってホント可愛いもの好きだよね。春にそっくり。  ──あら、逆よ? 春が私に似てるのよ。なんたって私が一生懸命産んだ子ですから。  ──あっ、生まれた時の春って2200グラムくらいでびっくりするぐらい小さかったのよ。  あの時の琉笑夢は、道子と楽しそうに会話をしながらまつ毛を伏せてはいなかったか。重ねた手が、強張っていなかったか。  ──道子さん、ごめん。俺、さ、春を手放せない。  手を、強く強く握り返されなかったか。自嘲するように、ふるりと首を振らなかったか。  ──手放せない、何があっても、さいごまで、春のことを。
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