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年上の女の人を6歳の男の子が「あの女」呼ばわりするだろうか、普通。
しかも琉笑夢の言う「あの女」は、琉笑夢の好物がシュークリームであることを知ってわざわざ手土産として買って来てくれた相手なのに。
昨晩、家に遊びに来ていた従姉妹の莉愛とソファに座って話している時に事件は起こった。
面白い動画があるからと言われたので肩を並べて一緒に眺めていただけなのだが、後ろから勢いよく飛んできた硬い何かが肩にぶつかって驚いた。
ごろりと転がったのは、小さなコップ。
しかも最悪な事に中身が入ったままだったので春人は一瞬のうちにオレンジジュースまみれになってしまった。
ぶつけられた肩の痛みやべたべたになってしまった体もさることながら、子ども用のプラスチックのコップであったからよかったものの、これがガラスや陶器などだったら一大事だった。
それに肩ではなくもしも頭にでも当たっていたら。春人は石頭なのでまあ怪我も少ないは思うが、春人ではなく莉愛に当たっていたらと思うとぞっとする。
莉愛は特段気にする様子もなく、目が覚めたらベッドの中に春人がいなかったので探しに来た瞬間に件の事件を起こした琉笑夢の頭を、「春のこと、とっちゃってごめんね」と謝りながら撫でていたのだが、琉笑夢を預かっている身としてはそうもいかない。
何度叱りつけても琉笑夢に堪える様子がないのならば、徹底的に無視をしようと昨夜は琉笑夢を部屋から追い出し鍵をかけ、一緒に寝てやらなかった。
もともと、今はいない春人の兄の部屋を琉笑夢用の部屋として与えてやっていたのだが、琉笑夢は春人が学校に行っている間も、帰って来てからもほとんどの時間を春人の部屋で過ごしていた。
だが今回ばかりは、さすがに諦めて自分の部屋で寝るものだと思ったのだが。
春にい、なんで閉めるんだよ、開けろよ、開けろ、開けろってば、開けてよ、開けて、一緒に寝たいよぅと扉を叩く音は長らく続いた。
この世の終わりのような切ない顔で扉に手のひらを叩きつけているであろう琉笑夢を想像して正直ちょっと同情しかけたが、こればかりは絆されては駄目だと己を律し頑として開けなかった。
結局、閉め出され春人の部屋の前で蹲っていたらしい琉笑夢は宛がわれていた自分の部屋に戻ることもなく、春人の母親の道子に連れられて一緒に寝たらしい。
そして、朝早くに階段の下で春人を待っていた。
そして一晩たっても怒りが冷めやらない春人が降りて来たのを確認するといつものように駆け寄ってきて、昨夜のことを謝ることも悪びれることもなく、抱っこしろ、構え、こっちを見ろの嵐だ。
しかも琉笑夢の可愛がれ攻撃をこれまた頑として無視し続けていたら、今度は思い切り足を蹴り上げてくるときたものだ。
相手は子どもなのだと何度自分に言い聞かせたって、こんなの平常心でいられるわけがない。
「……あのな、ルゥ」
呼び慣れない名前を何度も口にしている内に、切羽詰まっている時などはついつい省略系で呼ぶようになってしまった。
低く声を落とし、屈んでしっかりと目線を合わせる。
14歳にしては平均身長に届かず体も細身の春人だが、琉笑夢は当時6歳だったころの春人と比べてもかなり華奢だ。
ぐっと屈んで顔をのぞき込んでも、まだ春人の方が琉笑夢よりも高かった。
「自分の思い通りにならないからって人とか物に当たるのはダメだって、オレもう何っっっ回も言ってるよな」
「何っっっ回」の部分をかなり強調したつもりだったのだが。
「知らない。春にいも、小さいころはすぐにいじけたって言ってたもん」
「……誰が」
「道子さん」
何余計なこと言ってんだ母さん! と叫んでやりたかったが、肝心の母親は今ここにいない。あら~そうなのねぇ~とか言いながらご近所のおばさま方と井戸端会議の真っ最中だ。
どうせなら一緒に寝た時に琉笑夢が本気で反省するまで叱ってくれればいいものを、道子は琉笑夢には非常に甘かった。
春人の頃は笑顔で鬼教育だったくせに琉笑夢には締め技もしないのか。酷いよ母さん。
「ぐっ……でもオレは誰かに物投げつけたりなんかしてねえからな!」
8つも歳の離れた子どもに本気で怒鳴るところが大人げないと言われるゆえんなのだろう。
けれども、莉愛にもそんなんだからなめられるんじゃない? と窘められても今日という今日はそんな事も言っていられない。
もともと春人は根気強い人間ではない。凝り性だが飽き性だし、まだ子育てなんて経験したこともない(ただ今経験中だが)しがない中学3年生だ。
懇切丁寧に悪いことはしちゃいけませんと教えてやるのもそろそろ限界だった。
「春にいだって、おれのことなぐるだろ」
「そ、れ、は! おまえが悪いことしても謝らないし、オレの言うこと聞かないからだろーが」
春人も、琉笑夢の行動が目に余るときは頭を軽く引っ叩いたりしているが、それとこれとは話が別だ、と思う。
「思い通りにならないからって、おれをなぐるのかよ」
ああいえばこういう。ついに春人はブチ切れた。
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