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「オレのは躾だ、バカ野郎!!」
ずびしと琉笑夢の頭を叩く。これでも力加減はかなり抑えたほうだ。
本当にコイツは6歳時児なのだろうか、莉愛がいれば「正論言われてんじゃん春、虐待だよ虐待」なんて呆れられていたとは思うが、今ここにいるのは春人と琉笑夢の二人だけだ。
しかし残念ながら、唾を飛ばす勢いで怒鳴った春人に琉笑夢は怯える様子もなく、静かな瞳で春人を見据えたままだ。
琉笑夢のまっすぐな青い目からは罪悪感の欠片など微塵も感じられない。これには春人の方が少したじろいでしまった。
悪い事をしているのは小さな子どもに怒鳴り、かつそれでも憤慨が治まり切らずチョップをかましてしまう自分のほうなのかもしれないと。
「──やっぱり、わるいのは春にいだ」
「なんて?」
「おれだって、躾けてる」
「……はあ?」
「おれは、春にいがおれをちゃんとみるように、春にいを躾けてるんだ」
脱力、とはこういうことを言うのだろうか。
どうしてそういう思考回路になるのかな。理解することができなくてただただ唸る。
「……るえむぅ」
「だって春にいは、おれのものだもん」
オレは物じゃないぞなんて台詞は喉の奥で止まってしまった。
不貞腐れるでもなく、迷いなくかつしっかりと言い切った子どもに春人は天井を仰いだ。
どうしてコイツはこうなんだろう。
琉笑夢を預かってからもう直ぐで二か月になる。
透明度が高く大きくてつぶらな青い瞳に、光に反射して輝く金色の髪。
そして陶器のようになめらかで白い肌に、淡い桜色をしたぷっくりとした唇。その横にちょん、とついている小さなホクロが更に愛らしさを際立たせている。
誰が見ても十中八九可愛らしい天使だ、将来有望だモデル一択だと口をそろえて言うであろうコイツは、近所の家に住んでいた飛鳥間・ディディエ・琉笑夢だ。
初めて名前を聞いた時は口には出さないものの脳内で色々と突っ込んでしまった。
正直呪文かと思ったし、字を見てもやっぱり呪文だとしか思えなかった。
どうやら琉笑夢の母親は日本人で父親が外国の人らしく、飛鳥間という名字も珍しければ日本人にはないミドルネームというやつも珍しいしその上名前も珍しいし当て字も珍しいしで、とにかく「珍しい」が大渋滞している子どもだった。字面を見ているだけで腹がいっぱいになりそうだ。
そんな琉笑夢は、ネームも含めて様々な意味でキラッキラしているし、当の本人もその類まれなる容姿でキラッキラしていた。
詳しい事情は知らないが、琉笑夢の母親が家を留守にするというので春人の母親が預かってきた。
近所の家とはいえ琉笑夢は裏手のアパートで暮らしていたため全く交流がなかったので琉笑夢を見るのは初めてだったのが、第一印象はやけに細っこくて汚れているなというものだった。
真っ先に風呂に入れてかいがいしく世話を焼けばすぐに懐いてくれた。
だから可愛がっていたのに、今じゃすっかり春人は琉笑夢が苦手になっていた。
もちろん春人も、最初の頃は純粋に懐いてきてくれる子どもに嫌な気分はせず優しくしていたのだが、どうやら琉笑夢はかなり嫉妬心の強い子らしく、常に春人を独占したがった。
それが子どもらしいちょっとばかりの独占欲であればまだいいのだが、春人から見れば琉笑夢のそれはかなり常軌を逸脱していた。
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