墓場まで──08

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「笑うなよ! オレだって結構知ってんだぞ。やばたにえんとかぴえんとかマジ卍とか」 「なんでぴえんだけそこに混じってんだよ……」 「え……ぴえんって古いのか」 「逆。いやぴえんも古いっちゃ古いけど」  ぴえんが古いのならば、やばたにえんやマジ卍はもう古代の言葉に分類されてしまうのではないだろうか。もしかしてあげみざわも? 「マジか」 「マジ、ぴえん以外はタピオカだと思え」 「お、おう」  なるほど、その例え方なら少しはわかりやすい。  流行りはしたけれどもここ数年で下火になってきて、今でも好んでいる人はいるもののSNSでもめっきり姿を見かけなくなりつつある微妙な立ち位置のあれだ。  それでも正直、タピオカも春人の中では新しい飲み物のイメージだった。  若者に分類されるであろう琉笑夢と頻繁に会話をしていてもこれなのだから、もう春人は時代の流れについていけないのかもしれない。 「──んな顔すんな、春はそのままでいいから」  目許をくしゃりと緩めた琉笑夢に、汗で張り付いていた前髪を梳かれた。ついでに足もしっとりと絡められる。  なんだかいつもと立場が逆転している気がする。珍しいこともあるものだ。  あまり寝ていない上に数分前にキレかけたというのに、朝から肩を震わせて笑うほどこんなに上機嫌な琉笑夢を見るのは久しぶりだった。  互いに細部まで溶け合うことができた朝だからだろうか。  いや、それは春人の自惚れか。 「おまえ、テンション高すぎだろ」 「なんか、夢見てる気分で」 「……ゆめ?」 「そ、夢。春がこんなに、光ってるから」  大きな手のひらに、頬をそっと包み込まれる。  さらりと、綺麗な金の絹糸のような髪が窓から差し込んだ日差しに濡れ光って、あまりの眩しさに目が逸らせなくなった。 「あの春にいとセックスして、春にいに好きって言ってもらえて。春にいが今、俺の腕の中にいる。恋人なんだよな。俺のものになったんだよな、ほんとに」  ゆったりと細められた碧眼は、まさに陶酔という言葉が似合いそうだった。  どうやら自惚れなどではなかったらしい。光を集めて揺れる水面のような美しい瞳は春人だけを見つめている。  彼の世界の中心はいつも春人で、春人しかいないのだろう。  春人の方こそ、それはとても夢のようなことに思えた。 「……なんだよ、恋人でいいのか?」 「え?」 「夫婦、なんだろ」  春人なんかよりも、目を瞬かせた琉笑夢の方がよっぽど光り輝いている。 「あ、ちげえか。男同士だから夫婦じゃなくて夫夫? いやでもどっちでもいいか」 「……はる」 「指輪もなんも、用意してねえけどさ」  震えた眦を隠すためか、琉笑夢にぎゅうっと抱きしめられた。今まで以上に強い力で骨がみしみしと軋むが、嬉しさのあまりこんな抱き締め方をしてしまうのが琉笑夢なのであれば。  多少痛いが、嫌なわけでは、ない。
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