墓場まで──08

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「春、春にい、春……」 「はいはい」 「指輪、買ってやるよ」 「折半な、金たまるまでちょっとまっとけ」 「──監禁せずにすんでよかった」 「だから、怖いっつーの」 「そうだよな夫婦なんだもんな。夫婦なんだから、脚の腱切らなくともどっか行ったりしねえもんな……」  ただ、こういう言動だけはやはり改めさせたほうがいいのかもしれない。 「なあ、ダーリン。俺、いい男だろ。ちょっと時々……暴走する時もあるけど」  時々か? と心の中で突っ込んでしまったが、口に出すなんて野暮なことはしない。適当にうなずいてやる。 「はいはい、そうだなダーリン」 「ついでに料理もできる、お買い得だろ。おまえの胃袋掴むために鍛えたんだからな」  SNSに掲載されていた琉笑夢の手作りの食事風景は、どれも色鮮やかで思わず食欲がそそられそうになる見た目だった。  琉笑夢こと「diDi」が料理系男子であることは広く知られており、頻繁に雑誌でも取り上げられていたことも知っている。  何度か作ってもらったこともあるのだが、かなりの美味しさだった。  春人はなんでも美味しいと感じる人間ではあるが、それでも琉笑夢の作ってくれた料理は絶品だと思った。ただのパスタだったのに不思議だ。  会ったことはないのだが、どうやら琉笑夢の父親が料理を専門とする職業についていたらしい。そういえば海外に住んでいた頃も毎日のように料理の写真が送られて来てたっけ。  そんな春人自身は実は料理が苦手だ。  レシピ通りに作ろうと思っても作れない人種の筆頭である。母親と同じで辛うじて味が整うのは野菜炒めぐらいだった。  前に琉笑夢が、腹減った春にいの手料理食いたい作れ作れと煩かったので仕方がなく作ってやったのだが、一口食べただけで有無を言わさず流し台に捨てられそうになった。  おまえが我儘言ったんだろうが食べ物を粗末に扱うな意地でも食えと叱りつけたのも、今となってはいい思い出である。  琉笑夢いわく春人は味覚が宇宙人らしい。  ただ琉笑夢はブラックコーヒーを飲んでいる相手全員にそんなことを言うので信頼性は低い。琉笑夢の感覚で言うと今頃地球は宇宙人だらけになってしまう。  が、正直言うと夏人にも言われたことがあるので、そこを考えると何とも言えない。 「顔がよくて背え高くてモデルでタレントで高収入で料理系男子とか、高スペック過ぎて手に負えねえ気もすんだけど……」 「おまえの壊滅的な料理の腕前のせいでここまでする羽目になってんだよこっちは」 「なんか言ったか」 「何も。俺の手綱握れんのは春だけだってこと」 「自分で言うかそれ。その通りだと思うけど」  この場合、春人は飯マズ系のお婿さんということになるのだろうか。  いやそもそも自分が婿なのか、それとも琉笑夢が婿なのか。  もしも春人が琉笑夢の家へ婿に入るのならば姓を変えなければならない。鈴木春人から、飛鳥間春人へ。  田中へと華麗なる変貌を遂げた夏人よりも大出世しているような気もするが、完璧に名前が名字に負けている。  飛鳥間に負けない立派な名前は、やはり琉笑夢でなければ。  というかそもそも法律的には結婚はできないし。
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