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ある月の明るい夜のことでございます。
上杉家当主の屋敷に忍び込んだ鬼は、寝所におわしました謙信の元へ忍び足で近づいていきました。
無論、謙信公の命を取るためでございます。
屋敷の廊下をしばらく進んだ時でございました。
不意に、耳障りな音を鬼は聞いたのでございます。
それは、ぺしゃり、という音でございました。
この時、一体何が起きたのか、鬼はよくわからなかったのでございます。
同時に、鬼は一瞬だけ、体中に言い知れぬ程の痛みを感じ、その後には気を失ってしまいました。
さて、鬼が目を覚ましてみれば、自身の醜悪な体が床板の上で横に倒されておりました。
鬼はどうにかして辺りを見ようといたしましたが、顔の片側、顎から頬、さらにはこめかみにかけて、重石のように何かが乗っておりました。
そう、それはたいそう重かったのでございます。
そのため、鬼の見開かれた目はこの時、廊下の壁と床しか見ることが出来ませんでした。
鬼は顔の片側が潰れ、無残に舌を出したまま、廊下に転がっておりました。
「誰じゃ」
鬼は、そう問うたつもりでございました。
しかし顔が潰された鬼の口からは、声が出てこなかったのでございます。
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