28人が本棚に入れています
本棚に追加
気が変わったのでしょうか。
あるいは、罪の意識とでもいうべきものが、男を思いとどまらせたのでございましょうか。
しかし、鬼は知っておりました。
この男は女をあきらめたわけでもなければ、恋敵である夫の行く末を案じたわけでもない、ただただ、地獄に堕ちた際に閻魔の前で語る言い訳が欲しかったのだと。
「俺は一度は手を止めた、そんなことをするつもりはなかった。
しかし、いっとき魔が差してしまったのだ」
男は、その事実が欲しかったのでございます。
鬼は、そんな男を見下すように見上げ、言いました。
「ここまできて止めるつもりか。毘沙門の足を害そうとしただけで、おまえはすでに罪人なのじゃぞ。もはや、罪から逃れることは出来ぬのだ。
ならば、憎い夫を殺し、女を手に入れた方がよかろう。
よもや、夫を生かし、女も手に入れず、罪だけを甘んじて受けるつもりではなかろうな」
鬼には、男の行く末がわかっていたのでございましょう。
言い終えた時、にやと笑っておりました。
男の震えが止まりました。
力が抜け落ちたように見えました。
男は何も考えておらぬかのように、毘沙門の足にまだ煙を上げている鉄ごてを近づけました。
それは、ついに毘沙門の足に触れたのでございます。
最初のコメントを投稿しよう!