本能寺の夜語り

2/29
前へ
/123ページ
次へ
何番目かの話が終わった。 「次は何の話じゃ?」 さっそく武将は若い男に問うた。 「さすれば、謙信公の話をいたしたいと存じます」 男は澄んだ声で答えた。 「謙信とな。上杉謙信か?」 「はい、越後の虎と呼ばれておりました上杉謙信公。 その最期について語りとう存じます」 「それは面白い。是非に聞かせてくれ」 武将の言葉を受け、山伏姿の男は深々と頭を下げた後、語り始めた。 「謙信公が在所にて亡くなられたのは、齢四十九の時でございました。 甲斐の武田信玄公とは川中島において五度にわたって戦い、亡くなられる前年には、加賀手取川にて織田信長の軍勢を敗走させております。 いかに謙信公が強かったか、今さら語る必要はないかと存じます」 「たしかに、謙信は恐ろしく強い男だった」 男の目の前の武将が、二度三度とうなずきながら言った。 「ところで、ある時、この謙信公のもとへ一匹の鬼がやってまいったのでございます」 そう言うと男は、目の前の武将をちらと見て、再び語り出した。 「この鬼は人と変わらぬ背丈でございますので、さほど大きくはございませぬ。 しかしながら、この鬼は、死を司っているのでございます」 「死を司っている、とな?」 「この鬼、邪鬼と申しましょうか、憑りつかれたが最後、その者は死を迎えてしまうのでございます」 「む・・・・・・」 武将は言葉に詰まった様子だった。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加