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男は再び辺りを見回しました。
しかし、誰もおりませぬ。
「おい、ここだ、ここだ、下を見ろよ」
声がいたしました。
それを聞いた男の顔は青ざめ、唇は震えておりました。
邪な考えで来ているにもかかわらず、何とも情けないことでございます。
男は逃げ出したい気持ちを抑え、おそるおそる顔を下に向けました。
すると毘沙門天の足の下、踏みつけられた鬼が男を見上げておりました。
その口からはどす黒い舌がのぞき、目には闇のごとき漆黒の瞳が宿っております。
男の驚きようは、大変なものでございました。
逃げ出すことが出来たなら、そうしていたに違いありませぬ。
しかし、男がこの場から立ち去ることはございませんでした。
腰を抜かしていたからでございます。
男を見上げる鬼はほくそ笑むと、さらに声をかけました。
「何と言うたのじゃ?」
武将が待ちきれぬように問うた。
「こう言ったのでございます」
男は話を続けた。
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