プロポーズ ~大輔~

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プロポーズ ~大輔~

「婚約指輪って給料3か月分だよな」  唐突な並木健人の質問に対して、島田拓海が冷静に返す。 「そう。何かあっても当面3か月の生活費のためなんていうよね」 「それは手取り? 税金がかかる前?」 「…さぁ。でも初任給の税金は所得税くらいだよ。あ、社会保険料はあるけれど」  蕎麦屋のカウンターでわちゃわちゃ喋る二人にお茶を出しながら俺は呟いた。 「本人に選んでもらったらいいだろ。サイズもあるんだし」 「えっ」  健人が立ち上がる。 「指輪にサイズがあるんですか!」  まぁ、そこからだろうなと苦笑した。サイズを知るために俺も苦労した。寝入る恋人(あおい)の左手薬指のサイズをそっと測ったことがある。  起きてしまうのではないかと冷や汗ものだった。  店で選ぶのが確実だと思う。が、俺の葵はきらきらした指輪を喜んで選ぶような女性ではない。  対して、健人が恐らくプロポーズしようとしている大野真由は華やかでかわいいものが大好きなタイプ。  気に入ったものに妥協はなさそうだから、予算オーバーの恐れは十二分にある。年収以上も覚悟した方がいい。  勿論、真由は本気ではないだろうけれど、健人が真に受けて…。  …人のことは言えない。2年以上前、うっかりベッドの中で結婚をほのめかしてしまい、葵に拒否されて以来、プロポーズの主導権は葵に握られたままだ。  8歳も年下の葵に振り回されている俺が健人を笑えたものではない。 「大輔さん、健人のプロポーズは現実的ではないけれど、葵は計画性を持って進めていると思いますよ」  きれいな顔立ちの拓海がにっこりと笑う。この邪気のなさそうな、優しげな顔に騙されてはならない。彼は見かけとおりの男ではない。  のだが…。 「…拓海、翼はそういう趣味があるのか?」  はっとして、カーディガンの袖を手首まで伸ばす。  気がついた健人が拓海の腕をつかんで袖をめくった。そこにはくっきりとした痣が無数…。 「…お前、翼にやり返しただろ」 「…別に。半日くらい寝たきりだっただけさ」  拓海が縛られたことを俺は心配したが、健人は拓海が翼に何をしたのかを気にした。  俺にはまだまだ彼らがわからない。 「そんなにしてもらったらますます翼が束縛してくるだろ。葵も俺も翼に怯えてるんだけど。仮想敵ではなくて完璧に恋敵(てき)扱いされてるんだけど」 「それはないな。健人の真由ちゃんLOVEには呆れているし、葵とはロクでもないことを話し合っている…」  はっとした顔で拓海が俺を見た。 「いや、葵には訊きたいことは健人や俺ではなく、大輔さんに訊くように諭しているんですよ。でも、最近翼とつるんで…」  …ロクでもない話、ね。それはもう知っている…。『男の喜ばせ方』を翼に伝授された葵が真っ青な顔で俺を見下ろしたあの光景は…。  まぁ、いい。  大体、翼はそういうことに疎い。そういう癖のないはずの拓海に痣を残すようなことをして、やり返されることからも明白だ。 「お前が翼を管理しろよ。葵に変なことを吹き込まれると周り回って真由の耳にまで届くだろっ」  健人が俺の分まで苦情をまくしたてているので任せておく。 「それでなくても最近葵がエロいとか言って真由が興味津々なのに」 「エロいというより大人っぽいっていうんだろ。大輔さんが就職祝いにネックレスと同じ石のイヤリングを贈って、気に入ってつけているから。あれ、昼間と夜とで色が変わるんですね」 「誕生石だよ」  健人の表情が輝く。 「それ、いいっすね。少しずつ贈りながら揃えていくって。どこで買うんですか?」 「健人…、葵のつけているの、葵も気がついていないけどけっこうするよ。紹介してもらって真由ちゃんを連れ込んだらきっと後悔する」 「連れ込むってやらしいぞ、お前が言うと」 「デパートでいいじゃん、都心の。女の子受けする婚約指輪のブランドならば…」  スマホで検索して二人で覗き込んでいる。 「このブランド、聞いたことある」 「これと、これと、これだな」 「一か所じゃダメなの?」 「最低これは回って。あとは真由ちゃんが納得するまでとことん」 「…めんどくせ」 「…じゃやめときなよ。俺から真由ちゃんに説明してあげてもいいよ」  拓海のあの笑顔。健人がひきつる。 「行くっ。行きゃいいんだろ。大輔さんだっておひとり様で宝石を見てきたんだから。俺は真由と行けるんだから大丈夫」  …ディスられている? そう思ったのと同時に拓海が健人を殴ってくれていた。  ネックレス、イヤリング、そしてエンゲージリング。拓海の言う通り、知り合いの店でオーダーした。  就職したての葵にプロポーズするのは難しいかもしれないが、それでもタイミングを見て何度でも頷くまでプロポーズするつもりでいる。  健人も頑張れ。
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