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プロポーズ ~葵~
初めてのボーナスをもらった日に、幼馴染みの健人と拓海にお願いのメールを送った。
二人は土曜日の午前を提案してくれて、都心のデパートで待ち合わせた。
「俺、トラウマが…」
最近やつれている健人のトラウマは、想い人の真由ちゃんにプロポーズしたいからまず指輪を見ようと誘って、350万円の指輪を指差されて絶句したというもの。
『それがよく似合っていて、かわいくて』
『身の程を知れ、新米教師!』
拓海と二人でなじり倒し、目標金額を再確認させたのが最近の出来事。今日は健人にはちょっと気の毒だけど、仕方がない、二人にしか頼めないから。
「葵からプロポーズするから時計なの?」
「指輪はサイズがわからないし、そもそも仕事柄身につけないと思う。時計もそうなんだけど、仕事が終わればつけるだろ」
私の恋人以上、婚約者まであと少しの大輔さんは蕎麦屋を営んでいる。飲食店なので、指輪も時計も仕事中は絶対に身につけないだろう。
でも、仕事が終わった後のプライベートは私と共にあってほしい。…なんて恐ろしいほどの執着と束縛だ。
「すっごく喜ぶと思うよ」
「葵からのプレゼントならば正直何でもいいと思うけどな」
「それはそうだけど…。自営業だろ。大輔さんに何があっても私が養うって気持ちを見せたい」
そうだ。大輔さんが店に立てなくなっても私が大輔さんを支える。それを伝えたいのだ。
「葵は相変わらず男前だな」
「男も女も関係ない」
恥ずかしいからこの話題は終わらせて時計売り場に向かう。こういう高級な時計はちょっとわからない。
「やっぱ、これかな」
「葵が言いたい、経済面を考えるとこのブランドだけど、大輔さんだとそれっぽいよな」
「何? どういうの?」
「おしゃれっていうより実用性。あとさ、デザイン的にも大輔さんに負けないというか」
確かに大輔さんは背が高く、大きい。太っているわけではなく、筋肉質で、そう、ごつい。
二人の進める時計は確かに大輔さんが身に着けても負けない時計だ。
「防水とかいろんな機能もあるけれど、これは機械式で身に着けていないと動かなくなる。ぴったりでしょ」
…にっこり笑って勧めてくれる拓海はいい奴だけど、今はちょっと考えていることを読まれているみたいで気持ち悪い。そうだ、こいつは時々、恐ろしいほど察しが良いのだ。
店員さんにいろいろ質問をして、時計を絞り込む。お値段も予算内だ。
更にいくつか候補を見て、カタログをもらう。
「いつ購入するの?」
「9月中かな」
プロポーズする場所は決めている。秋蕎麦の花畑で大輔さんに申し込むんだ。多分、きっと喜んで受け入れてくれる。
蕎麦の花は9月の終わりから10月初め頃まで咲いている。だから、9月中には手に入れたい。
「就職して一年目だし、結婚は早くね?」
「就職する時にもう一緒に暮らし始めているから、職場でもそんなに違和感なく受け入れられているよ」
一緒に暮らす前に両親に挨拶してくれた。両親は離婚し、それぞれ再婚、私には半分ずつ親の違う弟たちがいる。
母の方ではひたすら大輔さんに頭を下げ、私のことを頼んでくれた。母の家で一度事件に巻き込まれて、ボロボロになった私を大輔さんが支えてくれていたから当然だと思う。
父は結婚の意志についてしつこく確認していた。そして、落ち込んでいた。私を手放さざるを得なかったことに複雑な思いがあるんだと思う。
まぁ、母と私がいながら店の女の子に恋してしまった父親にいろいろいう権利はないと思っているのだけれど。
親たちも私たちの結婚を心待ちにしてくれているのかもしれない。
「結婚式するの?」
健人の素朴な問いに私は固まった。それはどうしたらいいのか頭を悩ませていることだから。
「結婚式ってウェディングドレスを着るんだよな」
「着物でもいいけれど」
「…私が着たら女装に見えないか?」
健人と拓海が固まった。
「いや、仮装か。なんか笑っちゃいそうだよな」
最近のところの悩みだ。私には自分が女らしいとか、男らしいとかわからない。
だから、どんな格好も借り物の仮装のような気がして、気後れする。憧れは…あっても私には無理な気がしている。
「…葵、一応確認しておくけれど、葵は客観的に見てもかなりの美人だ。ウェディングドレスも白無垢もモデル並みに似合うと思う。真由は興奮して鼻血出すかもしれない」
「真由ちゃんこそ似合うだろ。可愛い系もきれい系もセクシー系も。お色直し、何回必要かな」
拓海の呟きに健人がはっとする。結婚式費用っていくら? って顔に書いてある。
拓海に助けてもらって、私は動揺を抑え込む。話はすっかり健人の話になった。
ドレス姿の私がきれいだとか、よくわからない。違和感しかない。
そっとその気持ちを吐き出して、健人の新たな結婚式費用とか新居費用の話に加わっていく。
プロポーズの先の結婚式、それは大輔さんに相談するしかないと思う。
きっと大輔さんは無理強いしない。甘えて…いいのだろうか?
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