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少し震える葵に羽織るものを持ってこなかったことを後悔した。
「寒いか?」
抱き寄せようとする前に葵がトートバックからケースを取り出す。
「やっと働き始めてまだ半年のひよっこだけど、だけどなんとか仕事は続けていけそうなんだ」
「うん、頑張っているな」
「うん…、だから何があっても私が大輔さんを守るから…私と結婚してください」
あまりにもストレートなプロポーズだった。葵が差し出すのは有名な腕時計のブランドのケース。
俺は思い出していた。母親を亡くし、父親も亡くして天涯孤独な身となった夜、高校生の葵が俺に抱き着いてきた。
『私がいるから。私、大輔さんのそばにずっといるからっ』
そして、無理やり俺にキスしてきて…過呼吸を起こして大騒ぎして…。
「吉田葵さん、俺と結婚してください。俺は葵よりも8歳も年が上のおじさんだけど、葵を誰にも渡したくはない」
「私もずっと大輔さんのそばにいる。ずっと一緒にいよう」
そう言ってはにかむ葵を抱きしめて、そして左手をつかむ。ポケットに忍ばせていた3つ目のジュエリーのケースを握らせる。
二人で開けてみると緑色の石が輝いている。葵の左手の薬指につけると不思議そうに目の前に左手を掲げて眺めた。
「色が変わるよね。とてもきれい」
「葵、これつけてくれるか」
時計を見せる。葵が左手首に巻き付けてくれた。
「いい時計だな。ありがとう。毎日身に着けるよ」
「うん。じゃないと止まっちゃうんだ」
上目遣いの葵がかわいい。いつの間にか顔色が戻っている。やはり緊張していたらしい。
「戻ろうか」
「やだ。もう少しここで、二人でいたい」
天然小悪魔の黒猫がにゃあと鳴いた。数時間後、小悪魔な黒猫にきっちりと責任を取ってもらったのは当然の成り行きだな。
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