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「女の子じゃないと宝石を着けちゃいけないとか、オカマじゃないと綺麗になっちゃ駄目とか、可愛いものが好きだから男が好きで心が女とか、なに? ウザいんだよ。ひとに色々べたべた貼っつけてんじゃねえよ。値引きシールかよ? 俺が俺のままで綺麗なものが好きなんじゃわりいかよ。体裁が悪いのかよ」
持っているカップを叩きつけて割ってやりたいと思ったが、カップの表面に描かれた青いバラが本当に好きだったので出来なかった。私が幼い頃に「これを使いたい」と言ったことを祖母はずっと覚えていて、私が来るとほうじ茶でもそば茶でも、何でもそのカップに淹れた。
祖母は私の声を肩で聞きながら、目を伏せて皿を洗い続けていたが、やがて紙のようにしわくちゃになった薄い唇を開いた。
「イヴ・サン・ローランはホモやねん」
私は何のことかわからず、黙っていた。
「知らん? イヴ・サン・ローラン。ファッションブランドやで。ブランド作ったんもイヴ・サン・ローラン。イヴさんやな」
祖母は淡々と話し続けていた。
「きれーな服作りはったんはおっさんやねん。女の服作りはったんは、自分はスーツ着た、きれーなおっさんのホモやねん。おばあちゃん、映画見たから知っとるで」
「……ばあちゃん、ホモじゃなくてゲイって言ったほうがいいんだよ」
「そうなん? ほなゲイや」
祖母の手が蛇口をひねり、水を止めた。
「ほらしろちゃん、はよお風呂入りや。明日学校なんやから」
私は随分と背の縮んだ祖母を見下ろし、私を見上げる灰色の瞳と目を合わせた。祖母はじっと見ていた。ただただ、私を愛している瞳だったのだ。
涙が目頭にこみ上げて、不機嫌を装った声を出すのがやっとだった。
「ばあちゃん、俺別にゲイじゃないんだけど」
「イヴさんはイヴさん。しろちゃんはしろちゃん」
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