青い自殺

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 祖母の紫色の巾着から出てきたのは、思わず総毛だつほどにおびただしい数の百貨店全国共通商品券だった。中にはもう紙が変色し、文字が消えかけているものすらある。タンス預金の話は聞いたことがあったが、商品券でも同じことが起こるらしい。  私たちの目の前には、きらきらと輝く装飾品たちの硝子の舞台が広がっている。もう少しちゃんとした格好で来ればよかったと私は思った。 「前しろちゃんが、やりたいこととかないのって聞いたやんか。それで思い出したんやけど」  祖母は十年前の話をつい先週のことのように言った。 「おばあちゃん、一度だけでいいから、誰かに装飾品を贈ってあげたいんや。よう似合っとるね、世界で一番綺麗やねって言ってあげたい」  どこか上ずった声だった。  祖母が装飾品を贈るのに憧れたのは、きっとそれが男性のやることだったからで、さらには女性を好きになるのは男性と決まっていたからなのだろう。  本当は、女性が愛しい相手に装飾品を贈ったって良い。それはもはやおかしなことでも、「男性的」行為でも何でもないと私は思う。高価なものを買えるのは金があるからであり、そして経済的に富むのが男性だけであるという時代は刻々と変化している。  憧れる行為でもなんでもない。当たり前にやっていいことなのだ、今は。  しかし私は祖母にそう説く気にはなれなかった。  彼女の憧れは、ネックレスに飾られた小粒の宝石のようにささやかに震えていて、けれどもひとたび陽の目を浴びるとまばゆく煌めいた。私にとっては旧来的な凝り固まった思想でも、彼女にとっては生きている限り触れ難かった至宝だった。
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