青い自殺

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 私は再び二階を見渡した。スーツを着た店員がしゃんと背筋を伸ばして歩いている。女性だった。  私は自分の顔を指さした。 「俺、ばあちゃんが好きな女の子じゃないよ。男だけど、いいの」 「はァ?」  祖母がはっきりと、焦点の合った瞳で私を見た。  祖父ではなく、恋を語り合った女の子でもなく、私を。  そして笑い出した。 「なぁにいうてんの、いつも女がなんだの男がなんだのゆうんはおかしいって、しろちゃんがゆうてんねやろ。あんたが男だけどいいのぉゆうてどうすんねん」 「だってばあちゃんは、好きな相手にアクセサリーをあげたいんだろ。俺はばあちゃんの恋愛対象に入る『女の子』じゃないよ」 「ちゃうわ!」  祖母はワントーン跳ね上がった声で否定した。 「わかってへんなあ、しろちゃんは! 好きな相手に贈るゆうんは、喜ぶ顔が見たくてに決まっとるやろ。修造さんは宝石なんてもろても困るだけやけど、しろちゃんは絶対喜んでくれるやん。私は喜ぶ顔が見たいと思う人に贈りたいねん」  それが祖母の正直に言った言葉なのか、それとも孫を思う優しさから出た言葉なのか。  私は咄嗟にそう思ったが、祖母の言葉をそのまま受け取りたいという気持ちが勝った。本心なのかどうかなど、本人にしかわからない。本人にさえわからないことだってあるのだ。 「しろちゃん、どんな宝石がええ?」  祖母が目を細めて聞いた。ぱっと無数の宝石の名が私の頭に浮かんだ。こっそりと買った宝石図鑑はブックカバーをかけて本棚の奥にしまってあった。  私の嗜好も、そして祖母の性的指向も、体裁が悪かった。祖母はだから、自分で自分を殺さなくてはいけなかった。  死ななくてはならなかったのだ、青い時代に――
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