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この戦は負け戦になる。オディーリアにはそんな予感があった。
イリムがいま相手にしているのは、北の新興国ナルエフだ。イリムは「歴史もなにもない辺境の蛮族だ。戦にもならないだろう」と豪語していたが、勢いのある振興国家が恐ろしいことは歴史が証明している。
実際、宿営地に戻ってくる兵には重症者が多く、負傷していない者も疲弊しきった顔をしていた。
歌声を捧げ続けるオディーリアにも疲れが見えはじめていた。
小さな砂塵を巻き上げて、オディーリアの元に数騎の馬が駆けてくる。
「あなた達……イリムはどうしたの?」
馬から飛び降りオディーリアの前に立ったのは、見知った顔だった。イリムを守る精鋭兵だ。
彼らはオディーリアを見て、ほんの一瞬表情を曇らせたが、次の瞬間には彼女に飛びかかりその身体を拘束した。
「な、なにをっ」
「俺達を恨むなよ」
「あぁ。聖女の存在はありがたいが、王太子の命には代えられない」
どういうことなのか。オディーリアは説明を求めたかったが、彼らのうちのひとりにみぞおちを蹴りあげられ、とても言葉を発することはできなかった。
男は、地面に倒れこみ意識を失いかけていたオディーリアの髪を乱暴につかむと無理やり顔をあげさせた。
「とはいえ、ナルエフに〈白い声〉は渡せないしな」
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