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「スン……」
「姉上には、後悔して欲しくないんだ。想う人のことで、想う人への気持ちを偽って後悔して欲しくない。僕みたいに……だからって、父上みたいに気持ち押し付けて相手殺しちゃうのはだめだと思うけどね」
自嘲の笑みが苦笑に変わり、スンは肩を竦めた。
「じゃね。僕も今日は自分の部屋に帰るよ」
「え、でも西瓜……」
「宮中に行けば食べられないこともないでしょ。今日はいいや。あとで余ってたらいただくよ」
じゃ、と言ってきびすを返し、スンも中庭の向こうへ消えた。
思わず出た溜息と共にその後ろ姿を見送って、サランは通路の出入り口に視線を戻す。
(……好きかどうかなんて……よく、分かんないけど)
ただ、失いたくない、とは思っている。たとえばこの先、まかり間違って、フィオが死を選ぶようなことを言い出したら、きっと全力で止めるだろう。
それはきっと、『償いをしたいから』という事務的な理由からではなくて――。
「――翁主様。お茶が用意できました」
その時、それまでその場にいなかったチェアが、縁側の向こうから再び顔を出した。
「西瓜は井戸で冷やしていますので、それまで茶菓などいかがですか」
「……うん、ありがと。いただくわ」
結論を出すのを後回しに、サランは頷く。縁側に上がろうとして、視線を落とした先に、脱ぎ散らかされたフィオの靴が見えた。
あの美しい少年は、スンと同い年のくせに、まだ分別のない子どものような面もある。
それに苦笑しながらフィオの靴を揃えると、サランは縁側に上がった。
【了】
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