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養父は、なぜか腕を両脇へ垂らしたまま、会釈するように顎を引いた。
「……ウォン・チだ。今日付けで訓錬院の従四品・僉正に就任した」
養父の仕草は、目上の者に対するそれだが、言葉遣いが噛み合わない。けれど、サランも特にそれをどうこう言うことなく、「よろしく」と言って腹部へ手を当て辞儀をした。
***
左捕盗庁の前で養父とは別れた。
『今日はそろそろ父さんだけでも戻らないと、母さんの雷が落ちるからな』などと言っていたが、理由は別にありそうだ。
しかし、今はそれを追及するよりほかにやることがある。
このサランという少女が一体何者なのか、なぜセフィの死因を探るようなことをしているのか、それでいてどうしてセフィの死を伏せたがるのか――
隙のない身のこなしで歩く彼女の背を追いながら、フィオは眉根を寄せっ放しだった。
(……それに……セフィに成り済ませ、だって?)
宮中へ入れと言うことは、セフィも宮中にいたということになる。それも、女官として。
離れていた八年の間に、一体セフィに何があったのだろう。
話を聞かなければ到底解けそうにない謎を抱えたまま、サランの後ろを歩いた時間は果てしなく長かったような気がした。
実際、歩いて二刻〔約三十分〕は掛かっただろうか。
彼女がフィオを導いた先は、都城にある城門の一つ、西大門から出てすぐの場所にある、市場街だった。
市場街を入って少し行った辺りにあった書店の前で、彼女はようやく足を止める。
「こんにちはー。建おじさん、いる?」
「おう、ちょっと待ってくれ」
中から応じる声がして、程なくその声の主が出てくる。
顔を見せたのは、がっしりした体型の男だった。
年の頃は五十代半ば、横長の四角形の角を取ったような輪郭に、小さな目と、こう言っては失礼だが潰れたような鼻、分厚い唇が配されている。
頭部には網巾〔鉢巻き〕が巻かれ、髪は髷に結い上げられていた。
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