44人が本棚に入れています
本棚に追加
「おう、サランじゃねぇか。どしたい」
「ちょっと母屋借りたいんだけど」
サランが言うと、店の主人らしい男は、フィオに目を留め、次いでその目を瞠る。
「……おい、まさか……!?」
「ああ、違うわ、あの子じゃないの」
慌てたようにサランは両手を振ると、「じゃ、断りは入れたから!」と言ってフィオを促し、きびすを返した。
市場街を外れ、店の裏手に回ると、どうやらそこが母屋らしかった。
「お邪魔しまぁす」
勝手知ったる他人の家というやつなのだろう。誰にともなく宣言して、サランは沓脱石に靴を脱ぐと、母屋に上がり込んだ。
彼女に倣って、フィオも靴を脱いで縁側へ上がる。
「あ、お邪魔します」
サランの声を聞いたのか、顔を覗かせた女性に、申し訳程度の挨拶をしながら、フィオはそそくさとサランのあとを追った。
「――さてと」
部屋に入って扉を閉じると、サランはクルリとフィオのほうを振り返る。その動きに従って、彼女の身に着けた木綿のチマが、花弁のようにフワリと舞った。
室内の、上座でも下座でもない場所へ腰を下ろしたサランの向かいへ、フィオも腰に差していた刀を鞘ごと引き抜きながら腰を落とす。
「……あのおっさんも、もしかしてセフィのこと知ってんのか」
「まあね。あの子も、何だかんだで結構顔広いから」
サランは言って、肩を竦めた。
「この一件が落着するまでは気を付けるのね。男装してるからって誤魔化し利かないくらい似てるもの」
「男装って……」
フィオは反射で片手で自身の頬に触れる。
「……女顔で悪かったなっ。俺はこのカッコが本来の姿だってのに」
「今回はそれが助かるわね。女装すれば完璧にセフィに成り済ませるから」
桜の花弁の端が、その優雅さに似合わず不敵に吊り上がった。
「おじさんの反応で安心したわ。正直、ちょっと不安だったの」
「見破られないかってことか?」
「うん。だってあたしには別人だって分かるからね、残念だけど」
「……ふん。両親以外ではあんただけだな、俺らの見分けが付くのは」
最初のコメントを投稿しよう!