序幕

2/2
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
 ちょうどいい機会だった。 (ただ)  心残りは、愛した少年(ひと)だ。  彼が、セフィの死の(しら)せを受けたら、どんなに悲しむか。立場を逆にすれば、その悲しみは想像も理解もできる。セフィだって、あの少年を失ったら、きっと生きていけない。  けれど、想いの(あて)のない相手に身体をまさぐられる苦行を思えば、そこから解放される安堵感のほうが、遙かに大きかった。  そして―― (ごめんね……)  八歳の頃生き別れてから、ついに再会を果たすことができなかった、弟の幻影に脳裏で呟く。生まれる前から共にいた、自身と同じ顔を持つ、愛しい片割れ。  セフィを失う彼の嘆きは、誰よりも深いだろうことも分かっている。  でも、もう限界だった。  王の寝所に侍るのが何度目か、最早数える気にもならない。永遠にも等しい拷問に、最近は正気の限界も感じていたのだ。 (申し訳……ございません。桂城君(キェソングン)様……) 「セフィ! しっかりするのだ、今医官が参るぞ!」  恋しい男性(ひと)への別れを邪魔するように、声の主が丸めた身体を抱き起こす。 (放っておいてよ、死ぬ前くらい……)  愛する男性との未来を、永遠に阻んだ存在を、最期に見たモノにしたくない。  相手を突き飛ばすこともできない代わりに、セフィはきつく目を閉じた。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!