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何もない平時であれば、初めて見る都の風景に目を奪われ、胸が高鳴ったに違いない。だが、今朝の夢のこともあって、フィオは内心それどころではなかった。
意に反して、強引に外へ連れ出されたフィオの切れ上がった目元は細められ、黒曜石の輝きを持つ瞳が、前を歩く養父の背を不満げに見つめる。眉根も同じように不機嫌に寄り、通った鼻筋の下にある薄く引き締まった唇の両端は下がっていた。
綺麗な逆卵形の輪郭に品よく収まったそれらは、穏やかに微笑んでさえいれば、これ以上ないくらいに整っている。しかし、今この瞬間に於いて、その中性的な美貌は台無しだった。
腰まである烏の濡れ羽色の髪は、うなじより少し上辺りで無造作に結い上げられ、苛立った足取りに釣られているのか、怒ったように揺れている。
「……なぁ、父さん」
家を出てから一刻〔約十五分〕もしない内に、フィオは結局自分から口を開く。
若く張りのある中性的な声も、やはり苛立ちを隠せていない。
「いー加減これから行くトコくらい教えろよ。都に出る理由だって『来れば分かる』の一点張りだったじゃん」
おまけに、家の男手である自分と養父が、引っ越しの荷解きを放り出して来たのだ。戻ったら、養母と義姉の説教は必至である。
けれども、養父はやはり振り向きもせず、何も言わない。元々饒舌なほうではない人だが、こんなことは初めてかも知れない。
ここに至って、いつもと違う空気を感じ取ったフィオは、ばつの悪い思いで口を閉じた。
やがて、繁華街と思しき通りに踏み込んだ頃、養父は何を思ったか、人気のない路地へ滑り込んだ。
眉間のしわをますます深めながら、フィオはそのあとへ続く。
フィオのほうを振り返って待ち受けていた養父は、いつになく神妙な顔をしていた。その顔は、初めて出会った時を思い出す。
「……何だよ」
「……フィオ。落ち着いて聞け」
「は?」
そういう言い方は、何かあると言っているようなものなのに、なぜ人はこんな時、『落ち着いて聞け』なんて言うんだろう。
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