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左捕盗庁は分かる。都の治安維持機関・捕盗庁。その内、東部・中部・南部を担当するのが左捕盗庁、北部・西部は右捕盗庁が担当している。それは、フィオも知っている。
けれども、問題はそこではない。
「遺体……安置室……?」
養父の言葉の後半を、唇が機械的に繰り返す。自分が何を言っているかもよく分からない。
フィオの脳内の整理が付くより早く、養父は右手をそっとフィオの上腕部に触れた。その凛々しい眉根が、痛ましげに顰められている。
「……行こう。……姉さんが待ってる」
***
養父によると、フィオの双子の姉であるセフィが亡くなったのは、養父に辞令が来る前日――つまり、今から三日ほど前のことらしい。
だが、その内容を頭で理解していても、感情が付いて来なかった。
(だって、……嘘だ)
『フィオ、ここにいて。必ず迎えに来るから、じっとしてるのよ。その時はきっと、母様も一緒だからね』
――八年前のあの日、セフィはそう言い置いて、母の安否を確かめに行った。
フィオのほうが、待つように言われた場所を離れたのも事実だが、その時セフィは官軍に捕らえられて連行されているところだった。人から伝え聞いたのではなく、フィオはそれを直に確認している。
その時、一緒にいた今の養父、ウォン・チの調査によって、セフィはある両班〔特権階級層〕宅の私婢〔個人宅の女奴隷〕になったことが分かっていた。
だがある日、セフィはその両班宅から脱走して以来、行方が掴めていなかったのだ。
どこか心許ない足取りで養父のあとを歩くことしばし。
左捕盗庁の扁額が掛けられた門の前へ辿り着くと、養父は門番に身分証を示した。門番が会釈するように頷く。
養父が目配せしたので、フィオも機械的に足を動かして、また養父のあとを追った。
養父には、左捕盗庁内の間取りが分かっているようだった。
迷いなく敷地内の奥へ歩き、ある棟の前まで来て、その扉を開けた。
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