第一幕 紅《くれない》の再会、別れと出会い

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 その室内は、縦二(けん)、横二・五間〔十畳〕ほどの広さがある。締め切っている所為か、昼間なのに薄暗い。  誰もいない室内へ先に足を踏み入れた養父は、備え付けの蝋燭(ろうそく)に火を灯して行った。  蝋燭の明かりに浮き上がった室内には、いくつか寝台があるのが分かったが、ほとんどは(から)だった。唯一埋まっている寝台には、白布(しらぬの)が掛かった何かが横たわっている。  養父は、フィオに道を譲るようにして顎をしゃくった。  真っ白になった思考の中、ただ養父の促しに従って、フィオはその白布をめくる。そこには、人が横たわっていた。  真っ先に覗いたその顔は、フィオと瓜二つだ。 「セフィ……!」  一目で分かった。間違うはずがない。他人の空似(そらに)であるはずがない。生まれる前、母の胎内にいた頃から共にあった、最愛の半身――  八年の空白が、この一瞬で埋まる。記憶の中では八歳で止まっていたセフィの容貌は、今はあたかも鏡から抜け出て実体化したフィオ自身を見ているような気がした。  足下までめくってみると、彼女は白い上衣(チョゴリ)とチマ〔くるぶしまで長さのある巻きスカート〕を身に(まと)っている。豊かな黒髪は三つ編みにしたそれがクルリと輪になるように纏められ、右の胸元へ流れていた。  着衣の上からでも分かる華奢(きゃしゃ)な体つきは、フィオとそう違いはない。フィオとの違いと言えば、女性らしい胸の膨らみくらいだ。  その胸元は、どす黒く汚れていた。汚れは血液としか考えられなかったが、そう認めるのを、頭のどこかが拒否する。  指先を滑らせると、すでに乾いているそこは、カサカサにささくれ立っていた。 「……セフィ?」  眠る彼女の上へ(おお)いかぶさるように身を(かが)めた。必然、真正面から彼女の顔を見つめる格好になる。  呼んでも起きない彼女の輪郭も、開くことのない切れ上がった目元も通った鼻筋も、薄く引き締まった唇も――何もかもが、本当にまるで鏡を見ているようだった。
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