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序幕
「朴尚宮! パク尚宮はおるか!」
「はい、殿下。御前に」
「御医〔王室付き主治医〕を呼んで参れ! 今すぐにだ!」
「はっ、はいっ!」
頭上で慌ただしい会話が交わされる。
それを、どこか遠くに聞きながら、世稀は激しく咳き込んでいた。
押さえた胸元とも、胃の腑ともつかぬ場所から、何かがせり上がる。口から吐き出した熱いモノは、明らかに鉄錆びた臭いがした。
目の前は、すでに薄暗い。
いや、最初から室内の明かりは落ちていたのか。
意識がもはや、朦朧としている。
このまま、死なせてくれればいいのに――
セフィは、そう願った。
助かりたくなど、ない。
今からほぼ一年ほど前。
図らずも、王と床を共にさせられて、恋い慕う相手と一緒になる未来は消えた。これからも、意に添わぬ相手と――それがたとえ国王であっても無理矢理抱かれ続けなければならないのなら、死んだほうがマシだ。
そこから逃れる為の自害すら、王への反逆として、親しい人間や恋しい相手が罰せられると、厳しく言い渡されている。ほかならぬ、王自身から。
だから、床へはいる前の茶に、毒が入っていることが分かっていて、敢えて飲み下した。
王は幸い、セフィが特別な訓練を受けた人間であることを知らない。その訓練の賜物として、毒を味や臭いだけで見分けられることも――ならば、これは表向きには『自害』には当たらない。
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