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第九話『終末少女教団“マホロバ教”』
その日、人知れず少女たちの集団自殺が起きていた。
燃え広がる世界。
ここは終末の世界。
炎に包まれている。
“世界”が歪んでいる。
“世界”が軋んでいる。
“世界”が悲鳴を上げていた。
この世が“反転”している。
倒壊した建物の残骸が山のように散らばっている。
地面にはいくつもの断層や巨大な亀裂が入り。
終わりの見えない闇。底が見えない深淵の穴を穿っていた。
そして、亀裂の縁に十二人の少女が立っている。
ある者は泣きながら。
ある者は笑いながら。
ある者は無言のまま。
ある者は叫びながら。
ある者は恍惚のまま。
ある者は悲しみながら。
ある者は哀しみながら。
ある者は怒りながら。
ある者は憤りながら。
ある者は謳いながら。
ある者は祈りながら。
ある者は願いながら。
落ちていった。墜ちていった。堕ちていった。
down。
down。
down。
やがて、十二人の少女たちは一人もいなくなった。
そして、そこには一人の少年がいた、
少女を助けられなかった泣いている少年だけが残っていた。
終末の世界にはひとりの少年だけが生き残っていた。
***
ずっと。
ずっと。
視ている視界。
見続ける視線。
見つめる死線。
遠く離れた場所から一部始終覗いている“眼”があることなど、その時の少年には知るよしもなかった。
***
やがて、時が経ち。
死んでいった少女たちのことを語り出す者が現れた。
“赤の聖母”。
“鮮血の聖女”。と呼ばれる聖人。
“聖母”アネモネである。
彼女の、その“瞳”は特別で。
“千里眼”と呼ばれる“未来視”ができるという“奇跡”を使う“聖女”であった。
私は“見た”。
少女たちによる集団自殺を。
少女たちの“犠牲”により、恐るべき地震は治(おさま)ったのだと。
怖るべき“地獄震”は終わったのだと。
災いや災禍は回避されたのだと。
尊い少女たちの死は、純潔で純血なる“巫女”による“生贄”。神の“贄”であると。
神に捧げた処女の身体。人身御供なのだと。
少女たちに祈りを。願いを。救いを。
終末の世界が始まるのです。
終末の世に降りてくる守護天使。
やがて、終焉の世界がはじまるのです。
この地獄から、幸せなる失われた楽園に逝きましょう。
願いなさい。祈りなさい。
救いを求めなさい。
紅い衣を纏う“聖女”アネモネは泣きながら説いている。
いつしか少女たちは、十二人の天使。神の御使い。十二使徒と呼ばれるようになった。
終焉の天使。
終末の使徒。
地獄に舞い降りた天使。
楽園に誘う御使い。
少女たちを救う守護天使として。
死した少女たちを“天使”と崇め祀り祈る。信仰する者たちによる熱狂的で狂気的な宗教が現れた。
歴史的な大災害“地獄震”から出現した新興カルト教団。
終末少女教団“マホロバ教”の誕生である。
***
六甲山。
神戸市の市街地、学園都市“アーカムシティ”の西から北にかけて位置する山塊。
また日本三百名山、ふるさと兵庫五十山の一つでもある。
かつて霊峰と言われた六甲山だが。
大災厄“地獄震”の震災後。
都市部が優先して復興をした為、山間部だけ大幅に復興が遅れている。
今尚、山崩れや濃密な霧が立ち込める危険な山と化していた。
現在、六甲山自体も“立ち入り禁止区域”に指定され荒廃した“死山”となっている。
それと言うのも、この山に入ったものは発狂し狂気に陥るとされることから“狂気山脈”と呼ばれていた。
山中にたちこめる濃霧の中に幻覚成分が入っている為だとも言われている。
次第に誰も立ち入るものがいなくなっていた。
ただし、危険を面白がって登る者や自殺志願者、元から“狂った者”たちを除いて。
それでも、多発する六甲山での遭難。
急峻な場所もあり毎年六甲山で遭難する事例が後を絶たない。
滑落や転落。自殺。他殺。殺人。
消えた人々。行方不明者。
“狂気山脈”には噂が付き纏っていた。
“神隠し”の山。
一度入れば帰ってくることができない。片道通行の山。
黄泉への道であると。
学園都市の都市伝説として噂が広がっていた。
だが、その山と周辺の土地を莫大なお金で買い占めた奇異で異常なる人物がいた。
その名は、アネモネ。
“聖母”アネモネ。
その容姿は美しく綺麗で、まるで美の女神の如く美貌の女性である。
MOTHER。
全ての少女たちの母。
聖なる母。
“聖母”と呼ばれ。
今尚、急速に膨大な信者を増やしている新興宗教カルト教団。終末少女教団“マホロバ教”の創始者にして教祖であった。
“聖女”アネモネ。
彼女の歳は不明だが、二十代のように若くも見えるし。三十、四十代とも見えなくはない。
人によって見た目が変わるのだと言う噂がある不思議な女性である。
長く伸びた黒髪はベール状の頭巾と交じり合っていて。一目見ただけで魅了されてしまいそうな漆黒の瞳。
口を開けば卒倒するほどの艶のある紅の唇。
細く綺麗な首には、黒い十字架。
その黒十字に磔られているのは一人の少女。
紅く赤く赫い。
その身に包まれたまるで血のような真っ赤な真紅の修道服を纏う美貌の女性。
絶世の美貌の持ち主であり、時には妖しく艶やかに妖艶に人々を誘う美の女神。
聖女であり妖女。
“聖母”アネモネ。
終末少女教団“マホロバ教”の教祖である。
大神殿“方舟”。
そして、“狂気山脈”六甲山の頂上に建設された教団の施設。
まるで西洋のお城のようなマホロバ教大神殿“箱舟”が教団本部である。
“少女特区”
また教団は、六甲山の麓の広大な敷地に教団の土地。
及び、信者たちによる自治区。少女たちの少女たちによる不可侵な領域。
少女王国。少女たちによる少女たちの自由なる楽園“少女特区”を設立していた。
不可侵自治区“少女特区”。
身寄りがない少女。行き場のない少女。学校や友人にいじめられていた少女。
震災孤児の少女。リスカや自殺志願の少女。風俗や水商売に堕ちている少女。
ニートや、ひきこもりの少女。精神異常者、障害者や家庭内暴力に合っている少女。
“マホロバ教”は、少女たちの全てを認め、少女たちの全てを受け入れた。
自由。自由になれる。
苦しむことはない。辛いことはない。泣かないでいい。もうなにも。誰も。
悲しまなくていい。哀しまなくていい。
全ての哀れな少女に救済を。
救い。救済。
言葉は響く。教団内に。少女の心に。
待っていた、少女たちは、救いの言葉を。優しい言葉を。優しい笑顔を。安心を待っていた。
“マホロバ教”。
その名、マホロバとは。
素晴らしい場所。住みやすい場所。という意味の日本の古語である。
少女たちにとって安住の地であり、素晴らしい楽園である。
少女たちにとって天国と言っていいだろう。
少女の王国、少女の“楽園”はそうして生まれた。
やがてそうして。次第に、口コミで信者も日に日に増えていった。
“マホロバ教”に己を捧げる熱狂的な信者も増えていった。
終末少女教団。
カルト的に狂信的な少女たちが誕生した。
それはもはや自我のない洗脳状態と同じである。
興奮状態の少女たち。熱狂的で狂信的な信者たち。
いつなにが起こるのかわからない危険な状態であった。
マホロバ様。私たちのお母様。母なる神よ。大地の母神。
神の御使い。十二人の天使様。十二使徒。
私たちの救世主。救いの女神よ、マホロバ様。
天使の楽園。少女の天国。
少女に幸あれ。少女に祝福あれ。
マホロバ教万歳。マホロバ教万歳。アレルヤ。アレルヤ。
少女たちは叫ぶ。祈る。願う。
絶叫。泣き声なのか叫んでいるのかわからない。
泣きながら祈る少女。狂ったように叫ぶ少女。
まるで“呪詛”のように繰り返す言葉。
呪。呪い。呪文。呪言。言霊。言魂。
まるで吟遊詩人のように詠い。道化師のように詩い。魔術師のように呪う。
赤き衣の教祖“聖母”アネモネは謳う。
全ての少女は幸福であれ。自由であれ。
その肉体から解放され、魂から解脱され、我らが神の使徒となれ。
終末に降り立つ神の御使いのように。
地獄に降りたもう少女たちよ。
終末の天使となれ。終焉の守護天使となれ。
少女は永遠に不滅である。
“鮮血の聖女”アネモネ。
少女たちから慕われるほど、信頼されるほど、崇められるほど。
少女たちを意のままに動かせる“力”。煽動する“力”。
プロパガンダ。
人身掌握。カリスマ性。演説力。美貌。魅力。
少女たちの魂を魅了する。
“呪”として、“呪言”として。
もはやそれは、れっきとした魔術や魔法と同じであった。
***
「アネモネ様。アリス様がお戻りになられました」
フードを被った黒い修道服姿の付き人の少女が言った。
年頃は中学生ぐらいだろうか、まだ幼い感じだ。
ここにいる教団の少女たちが着ている衣装は皆、修道女が着ている修道服である。
どうやら“マホロバ教”の正装、礼装のようである。
「そう、ありがとうイブ。じゃあ、アリスをお連れして頂戴」
イブと呼ばれた少女は嬉しそうに頷いた。
「はい、アネモネ様」
そういうと嬉しそうに駆け出していく少女。
「ただいま戻りました。アネモネ様」
少しして修道服の少女イブに連れられた、セーラー服姿の少女が現れた。
阿頼耶識アリスである。
白い肌、長く黒い髪の少女。
「ああ、おかえりなさい、アリス。私の愛しい天使・・・」
大袈裟に両手を広げてアネモネが、抱き着こうとしていた。
「あ、アネモネ様、や、やめてください・・・」
そう言ってアリスはするりと避けて嫌な顔をする。
「あら、どうしたのかしら、冷たいのね。アリス。
なんだか不機嫌そうね。そんな顔をして、せっかくの美しい顔が台無しよ」
ふう、と両手を上げて困った顔をする美貌の教祖。
愛しいものに拒絶された悲しい瞳をしていた。
「そ、そんなことはないです・・・」
俯きながら身をそらす少女。
「そう、まあいいわ。それでどうなのかしら?アリス。学校の方は、愛しの君に会えたのかしら?」
問いかけた漆黒の瞳が少女を見つめる。
「・・・」
言葉に詰まる少女。
「アリス、会えたんじゃなかったの?幼馴染の“彼”に。
わざわざ“転校”までしてあげたのに」
わざとなのか、白々しく少女に問いかける。
「あ、会えたのは会えました、けど・・・」
哀しそうに語る少女。
「けど?」
「し、知らないって、私のこと、覚えてないって言われました。
そ、それに。怖いものを視る感じでした。
バケモノ・・・、まるで“化け物”を視る感じで私を見たの・・・」
悲しそうな顔をしていた。
少女は今にも泣きそうに眼を潤ませていた。
「なるほどね。
そりゃそうよね。かつて死んだはずの貴女が、目の前に現れれば誰だってびっくりするわよね」
誰だってね、ともう一度。“聖母”は念を推してそう言った。
「あの・・・、それに、私と話した後、気を失っていました・・・」
「あら、それは滑稽ね。せっかく懐かしの幼馴染が戻ってきたというのに。
気を失うなんて・・・」
「・・・ち、違います、違うんです。“彼”は何も悪くはないんです、私が怖がらせたんです・・・」
「アリス・・・、貴方は・・・」
「“彼”にバケモノと思われるのも仕方がないの・・・。だって私はバケモノだから・・・」
「そう、ならわかっているわね?アリス。
例えどんなことになっても“彼”に逢いたいと言ったのは貴女なのよ」
「・・・はい」
「それに“謝肉祭”は近いの、準備しなくてはならないわ」
“聖母”が語る“謝肉祭”。何やら物騒な物言いであった。
「はい、わかっています・・・」
俯きながら答える少女。
「そう、分かっているならいいのよ。アリス。
ちゃんと“約束”は守ってもらわないとね。
あ、それとイブ。例の“あれ”を持ってきて頂戴」
“聖女”は傍らに控えていた幼い少女シスター・イブにそう言った。
「はい、アネモネ様。只今」
そして少女が急いで持って来たのは、異様な髑髏の杯であった。
“髑髏本尊”。と呼ばれている教団の祭祀の道具である。
頭蓋骨の形をしている髑髏の器。髑髏の杯である。
教団の“御本尊”でもある。
かつての少女だった天使。“マホロバ様”の頭蓋骨だとも言われている。
少女の髑髏。
髑髏の聖杯。
少女の器である。
そして頭頂部、脳がある場所の頭蓋の窪みには、なみなみと赤い液体が入っていた。
「さあ、アリス飲みなさい」
どろりとした液体。なみなみと入っている赤い紅い液体。
「・・・い、嫌。嫌です」
本当に嫌なものを見るように、拒絶する少女。
身体も小刻みに震えている。
「あら、いいのかしら?そのままでは貴女の“身体”が持たないわよ。
この“血”を受け入れないと。
貴女の、その“現人神”としての“身体”がいずれ壊れていくのよ、アリス」
そう言った“聖女”の瞳は狂気を孕んでいた。
髑髏の聖杯がどろりと揺れる。
「は、はい・・・」
苦渋の決断をした少女の顔は曇っていた。
「ねえアリス、貴女をわざわざ“向こう側”から“ここ”に呼んだのは。
迷える少女たちを導いてもらう為なのよ。
“マホロバ教”の現人神として、少女を導いてもらわないといけないの」
慈愛に満ちた顔の“聖母”。
誰もが縋りたくなるその表情。
その魅力的で魅惑的な顔で、“マホロバ教”の教祖様になにかをしてやりたいと願う熱狂的な少女が後を絶たなかった。
「はい・・・、わかっています。
あの、アネモネ様。・・・ごめんなさい。今日は気分がすぐれないので少しひとりにさせてください。
部屋に戻ります・・・」
少女は目を伏せて聖母の顔を見なかった。まるで見てはいけないかのように。
会話中、一度も“目”を見なかった。
「そう、仕方がないわね。・・・ゆっくりお休みなさい、アリス」
禍いの堕天使にして、死者の御子。呪われし屍ノ巫女である呪いの姫、“屍姫”。
“赤の聖母”は呪文のようにぼそりと呟いた。
そして、妖しく光るその“瞳”はずっと少女を追っていた。
***
教団の神殿“箱舟”内の一室。
“アリス”の部屋。
そこは惨いほどに何もない。
装飾も何もない。むき出しの壁。白いコンクリート。
あるのはベッドと机とテーブルと鏡のみ。
とても現役女子高生が暮らすような部屋ではなかった。
まるで精神病院の隔離病棟のように。
そう、言い換えれば囚人のような。刑務所のような。独房のような部屋である。
少女は、倒れるようにベッドに横になった。
薄明りのガラスの白熱電球。
白い天井を見る。
何もない。
なにもない天井。薄汚れたコンクリート。
雑音が聞こえる。
・・・。
・・・アリス。
ねえ、アリス。
声がする。
アリス。
声が聞こえる。
アリス。
ああ、まただ。
また“私”の頭の中でいつもの幻聴が響いていた。
寒い、寒いよ・・・。
季節は夏前だというのに私の体は異様に冷たくなっていた。
私は生まれたての子羊のようにぶるぶると震えていた。
ねえ、アリス。
喉が渇いたでしょ?
そして、いつもの幻聴が“私”に語り掛けてくる。
違う、違う。
喉なんか渇いてない。
あら、そう。
・・・そんなの嘘。嘘よ。
だって“私”も飢えているもの。
ごくり。
少女の喉が鳴る。
喉が渇く。
違う、違う違う。
飢えてない。飢えてなんかない・・・。
ごくり。
ね、ほら。欲しいんでしょ?
ねえ、アリス。
言ってごらん。
い、嫌。欲しくない。そんなの欲しくない。
ごくり。
喉が鳴る。
そう、だったらどうしてそんなに喉の渇きがなくならないの?
渇いてなんか、ない・・・。
ねえ、欲しいんでしょ?
違う。違う・・・。
あの“血”が、あの温かい血が、飲みたいんでしょ?
ごくり。
“血”。
“私”はそんなもの飲みたくない・・・。
そう、ならいいのね?
このままなら“私”は“私”でなくなるのよ。
ねえ、それでもいいの?アリス。
それに、ほら。
憧れの“彼”にも逢えなくなるのよ。
“彼”にやっと逢えたんでしょ?
ノア・・・。
そう、ノア。
幼馴染だった“彼”、・・・檻噛ノア。
そうよ、もうノアに逢えなくてもいいの?
いや。
嫌、嫌。いやいや・・・。
それだけは嫌・・・。
また逢えなくなるなんて、そんなの嫌だよ。
せっかく会えたのに。
だったら、ほら。
あれを飲みなさい。アリス。
うう、うぅ・・・。や・・・、いやっ。
雑音が鳴り止まない。
あははははっ。
そうしていつもの幻聴が“私”を惑わす。
”私”を魅惑する。私を魅了する。
毎日毎日毎晩毎晩。
やだ。やめて。やめてよ!!
もう消えて!!
お願いだから。
“私”の中から・・・、消えてよ・・・。
ねえ、アリス。
“私”は“私”なのよ。
やだよ。
ノア・・・。
さあ、アリス。
やだやだ。
ノア、助けて・・・。
さあ、“私”を開放して。
“私”の“ナカ”から。
解き放して頂戴。
い、いや・・・。
さあ、アリス。
“私”の名を呼んで。
この世界を“アナタ”の望むままにしてあげる。
“アナタ”は自由になるのよ。アリス。
“私”は・・・。
“私”は・・・。
『『・・・アリス』』
“二人”の声が重なった。
いつの間にか体の震えは止まっていた。
そして、“私”の意識が消えるその時。
鏡に映ったひとりの少女は。
まるで別人のように。闇に落ちた堕天使のように、妖艶に邪悪に。
美しくも妖しい魅惑の闇少女アリスが、にやりと嘲笑っていた。
***
教団神殿“箱舟”の祭祀場。教会の礼拝堂。
アリスが部屋に入った少し後。
静寂な礼拝堂の中。
紅い衣の教祖の周りには、侍女も信者の少女たちも誰もいなくなっていた。
“聖母”アネモネは、何もない空間を見ていた。ただずっと視ている。
すると。
何もない暗闇から犬の遠吠えが聞こえた。
その声は主人を待つ犬のようにも聞こえる。
そして闇の中から何か影のようなものが浮かび上がってきた。
ずずず。
影が盛り上がり、犬の形に。黒い犬の姿になった。
口には、一冊の“書物”が咥えられている。
「ヨミ・・・。ご苦労様。
これが、あの“ナコト写本”ね・・・。ふふ、良い子ね」
紅き聖女は影から生まれた“ヨミ”と呼ばれる黒犬を愛しそうに撫でる。
この“魔道書”、これがあれば“あのお方”の言う通りになるわ・・・。
でもまだ必要ね。“あのお方”が言うには、この世界に散らばった“魔書”を集めないといけないの。
・・・ヨミ、お願いね。
黒犬が忠誠を誓うように吠える。
まるで臓器のように脈動する“書物”を持って。
“赤き聖女”は何かを思案するように。
教会に設置された巨大な黒い十字架に磔にされている少女を眺めていた。
ああ、アリス・・・私の愛する娘。
アリス。
どんなことをしてでも私が必ず蘇らせてあげる。
あの“お方”の言った通りにすれば・・・。
私の天使が戻ってくるの。
黒い十字架に磔られているその少女は、どこか“阿頼耶識アリス”にも似ていた。
終末少女教団“マホロバ教”の教祖“聖母”アネモネは、まるで“我が子”を愛するように慈愛の微笑みを浮かべて泣いていた。
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