エピローグ

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エピローグ

10月になり、涼也は丸菱から正式に内定を貰った。 気持ちの良い秋風の吹く日。 二人で涼也の母親の墓参りに来た。 「母さん、俺、内定貰ったよ。なんと丸菱商事!凄くない?」 墓石の前で、話しかけるように言う涼也を敦子は愛おしい目で見つめる。 「それと、もうひとつビッグニュース!俺、父親になります。こちらが結婚する敦子さんです」 「あ、田村敦子と申します」 敦子は、本当にそこに涼也の母親がいるような気持ちになり、ぺこりと頭を下げた。 仏壇の写真で見た笑顔を思い出す。 「可愛いだろ?」 「え?ちょっと、何言ってんの?」 涼也を見ると「母さんに言ったんだけど」と笑っている。 「あ、あの、不束者ですがよろしくお願いします」 「可愛いわねえって言ってるよ」 涼也は敦子の肩を抱く。 「もう、恥ずかしいからやめてよ」 そう言って二人で立ち上がる。 その時、優しい風が吹いて二人を包み込んだ。 ―ありがとう…涼也をよろしくね… 涼也の母親の声が聴こえた気がした。 敦子は目を閉じて風を感じる。 自分のお腹にそっと触れて、命が宿っていることに感謝した。 (涼也くんのお母さん。貴方の命は、ここに引き継がれています。どうか見守ってくださいね) 「母さん、凄く喜んでるな」 隣を見ると涼也は泣いていた。 「幸せになろう、てかもう幸せだけどね」 涼也が言ってくれて敦子は「うん」と頷く。 「さてと!飯いこうよ。誕生日祝いにいい店予約してるんだ」 昨年までは、家族で祝って貰ったけれど、今年からは… 歩き出した敦子の手を涼也が強く握る。 「転ばないように気をつけて」 「転ばないよー、子供じゃないんだから」 そう言いながらも、心から手の温もりに安心している。 この手を信じて良かった。 1歩1歩、砂利を踏みしめながら、人生 捨てたもんじゃないな…と田村敦子31歳は思った。 ーFinー
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