図書館にて

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図書館にて

―土曜日。 会社が休みで、特に予定も無かったので、図書館に行くことにした。 敦子は、妄想と同じくらい読書が好きだった。 本は、一瞬にして別世界に連れて行ってくれる。何よりのストレス解消法だ。 敦子の住む町の図書館は、昨年リニューアルされ、夏は涼しく冬は暖かく、トイレも綺麗で敦子のお気に入りの場所だった。 もちろん書店でも本を買うが、流行の物やハウツー本など、買うのに迷う物は図書館で借りることも多い。 最近は、電子書籍を読む人も多いと聞くが、敦子は、やはり紙の本が好きだった。 表紙デザインや紙質に、作者と編集者のこだわりが見えて楽しい。 少し前にマイナーな賞を取った作品が目について、借りようと手を伸ばした時だった。 反対側から大きな手が急に伸びてきて、その本を取った。 残念ながら1冊しかない。 その手の主は、本を取るとその場でパラパラと試し読みを始めた。 背の高い若い男の人。本なんて読みそうにない少しチャラい感じ。奈緒子と同じ歳くらいだろうか。 敦子は、他の本を見ているフリをしながら、その人が本を戻すのをさりげなく待った。 しばらくして彼は本を戻しかけ、やっぱりもう一度開き、持ったまま何か考えている。 敦子は、とうとう我慢出来なくなってしまった。 「あの…」 おずおずと小さな声で言った。 無言のまま、彼は敦子の顔を見る。 「私、読むの早いんで、先にそれ貸して貰えませんか?三日、いえ二日で読み終えて返しますんで」 「は?」と彼は何言ってんの?という顔をした。 「俺が先に取ったんだから、俺が先に借りる」 「え、でも迷ってますよね?」 敦子は食い下がった。 「迷ってないし」 彼はそう言ってその本を手に取り、貸し出しの機械に向かっていった。 (くそー、失敗したか…) 敦子は、虚しい気持ちでその彼の背中を見送る。 しばらくすると、何故かその彼が戻ってきた。 「あのさ。これ譲るから、あとで感想教えてよ」 「は?え?」 何を言ってるんだ、と敦子は聞き返す。 「これ読めって言われたんだよ、ゼミの教授に。で、小説とか読むの面倒だけど、教授にしつこく言われんのも面倒だし。感想だけ教えてくれればいいから」 そう言って彼は敦子に本を差し出した。 「はあ…」 敦子は、よく分からないまま返事をする。 「来週のこの位の時間にまた来るから」 そう言って彼は去って行った。 (ま、いっか。とりあえず借りられるんだから) 敦子は、気分よく貸出し機に向かった。 声かけて良かったな、と思った。
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