40人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
図書館にて
―土曜日。
会社が休みで、特に予定も無かったので、図書館に行くことにした。
敦子は、妄想と同じくらい読書が好きだった。
本は、一瞬にして別世界に連れて行ってくれる。何よりのストレス解消法だ。
敦子の住む町の図書館は、昨年リニューアルされ、夏は涼しく冬は暖かく、トイレも綺麗で敦子のお気に入りの場所だった。
もちろん書店でも本を買うが、流行の物やハウツー本など、買うのに迷う物は図書館で借りることも多い。
最近は、電子書籍を読む人も多いと聞くが、敦子は、やはり紙の本が好きだった。
表紙デザインや紙質に、作者と編集者のこだわりが見えて楽しい。
少し前にマイナーな賞を取った作品が目について、借りようと手を伸ばした時だった。
反対側から大きな手が急に伸びてきて、その本を取った。
残念ながら1冊しかない。
その手の主は、本を取るとその場でパラパラと試し読みを始めた。
背の高い若い男の人。本なんて読みそうにない少しチャラい感じ。奈緒子と同じ歳くらいだろうか。
敦子は、他の本を見ているフリをしながら、その人が本を戻すのをさりげなく待った。
しばらくして彼は本を戻しかけ、やっぱりもう一度開き、持ったまま何か考えている。
敦子は、とうとう我慢出来なくなってしまった。
「あの…」
おずおずと小さな声で言った。
無言のまま、彼は敦子の顔を見る。
「私、読むの早いんで、先にそれ貸して貰えませんか?三日、いえ二日で読み終えて返しますんで」
「は?」と彼は何言ってんの?という顔をした。
「俺が先に取ったんだから、俺が先に借りる」
「え、でも迷ってますよね?」
敦子は食い下がった。
「迷ってないし」
彼はそう言ってその本を手に取り、貸し出しの機械に向かっていった。
(くそー、失敗したか…)
敦子は、虚しい気持ちでその彼の背中を見送る。
しばらくすると、何故かその彼が戻ってきた。
「あのさ。これ譲るから、あとで感想教えてよ」
「は?え?」
何を言ってるんだ、と敦子は聞き返す。
「これ読めって言われたんだよ、ゼミの教授に。で、小説とか読むの面倒だけど、教授にしつこく言われんのも面倒だし。感想だけ教えてくれればいいから」
そう言って彼は敦子に本を差し出した。
「はあ…」
敦子は、よく分からないまま返事をする。
「来週のこの位の時間にまた来るから」
そう言って彼は去って行った。
(ま、いっか。とりあえず借りられるんだから)
敦子は、気分よく貸出し機に向かった。
声かけて良かったな、と思った。
最初のコメントを投稿しよう!