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 下生えを踏みしめ、小柄な生き物がガサガサと走り出すのを、柴本の耳は確かに捉えた。  ぼんやり暗い林の中を駆ける音は、柴犬――彼のような獣人ではない、四つ足の動物の方だ――より軽やかで、猫よりも遥かに騒々しい。  それから間を置かず、足音が止まったかと思うと 「ケェーッ!!」  あきらかに人──人間あるいは獣人――のものではない叫び声。  おそらく大多数の人が不愉快と感じるであろう声音に、しかし柴本は快哉の笑みを浮かべ、声の主が残していった匂いを辿って藪の中へと分け入った。  そよと吹く秋風に漂うは、今しがたの声の主が仕掛けに引っかかった何よりの証拠だ。  ちなみに、柴本が言うところの感情の匂いが具体的にどんなものなのか、人間であるには分からない。火にくべた木が爆ぜたような匂いを想像していたが、どうやら少し違うようだ。  9月下旬の明け方であった。日中こそ日差しは強く照りつけるものの、()だるような湿気は遠のき、朝晩は涼しさすら感じる。  その静かな空気に混じる匂いを追いかけるくらい、10年近く陸上防衛隊に籍を置いていた柴本にとっては、お遊びに等しい行為だった。  そう、何を追いかけているのかを考えさえしなければ。
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