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くすくすくす。
くすくすくす。
笑い声が聞こえる。
女の笑い声。
陽奈の笑い声。
なぜだ。
だって陽奈は目の前にいる。
俺の怒張に奥の奥まで貫かれて、叩きつけられて。
涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔で嬌声を上げている。
でも。
笑い声もまた、確かに陽奈のもので……。
「楽しそうだね、冬吾。でもさ、もう時間切れだよ」
熱が冷めてゆく。
悪寒が走る。
冷や汗が流れる。
そんな俺の背後から、今度はハッキリと声が聞こえた。
間違えようもない、愛しい陽奈の声。
「せっかくあなたの目の前のソレが忠告してくれてたのに。“だめ”って。“無理”って。『嫌よ嫌よも好きのうち』だと思った?」
くすくすくす。
くすくすくす。
俺を嘲る笑い声が、部屋中に響く。
「誰だ……お前……」
「誰って……流石に気づいてるでしょ?」
「気づいて……って」
「冬吾の目の前の、ソレの中身だよ」
目の前の、ソレの……。
「残念ながら、時間切れ。起きるのが遅すぎるよ冬吾。もう少し早く起きれば、射精までできたかもしれないのにね」
時間、切れ……。
「部屋、明るくなってきたね。もうすぐ朝だよ」
くすくすくす。
くすくすくす。
気づけば、真っ暗だった部屋はいつの間にか明るく……明るく…………。
「ねぇ、冬吾。あなたが今抱いているソレはなぁに? あなたは今何を抱いているのかな?」
いつの間にか夜明けを迎えていた世界。
真実を覆い隠してくれていた優しい闇が消え、光に曝された部屋の中、俺は……。
俺は、腐敗し始めた死体にぺニスを挿入していた。
「……そん、な」
途端にあの奇妙な匂いが鼻をついた。
それは、死臭であり、腐敗臭。
口の中に、あの奇妙な味が込み上げた。
吐き気と共に込み上げたその味は……。
「う……ぐぅ…………」
「いくら愛してるからって、腐敗しかけた死体に欲情できるとか、本当に信じられないんだけど。それにさ……」
俺は死体の上に嘔吐した。
腐敗臭に加えて、更に不快な匂いが部屋中に広がる。
「愛している人を殺す? あなたは私を殺したのよ? 首を絞めて、首を絞めながらレイプして、私が死んでも死体相手に腰を振り続けて……」
思い出す。
陽奈の首を絞めた瞬間。
ぴくり。
ぴくり。
跳ねていた陽奈の身体が、やがて。
ビクリ。
ビクリ。
痙攣して、そして動かなくなり……。
「あなたは私を殺した」
そんな筈がない。
陽奈が死んだなんて、俺が殺したなんて、そんな筈が……。
ずっと好きだったんだ。
ずっと憧れていたんだ。
その名の通り、太陽のように明るい陽奈に。
眩い程の明るさに、華やかさに、俺はずっと焦がれていた。
でも、俺は素直になれなかったんだ。
素直になれなくて、暴言を吐いて、突っかかって、時には困らせるような事をして。
太陽のような陽奈の、困った顔や、苦しそうな顔、不快そうに歪めた表情が好きだった。
あの陽奈を。
あの眩い光を曇らせているのが俺だと思うと、暗い欲情と快楽が込み上げた。
でも、だからといって。
死んで欲しいわけではなかったんだ。
殺したいわけではなかったんだ。
俺だって、もっと素直になりたかった。
素直になって、陽奈に想いを打ち明けて。
ずっと憧れていた、好きだったって伝えて。
笑っている陽奈が好きだった。
楽しそうにはしゃいでいる陽奈が好きだった。
困っている顔より、苦しんでいる姿より、幸せそうな陽奈の姿の方が好きだった。
それなのに。
その筈だったのに。
「あなたは私を殺した。そして私を殺したその日から、毎晩毎晩私の死体を犯しているのよ」
「……嘘だ」
「あなたはいつも夜中に目覚めて、腐りかけてる私を犯して、でも射精まで辿りつけずに朝を迎えて、真実を目の当たりにして嘔吐して……」
嘘だ。
信じない。
信じない。
陽奈がもう存在しないなんて信じない。
信じ……られない。
信じたら、俺が壊れてしまう……。
俺は睡眠薬に手を伸ばし、数えもせずに錠剤を手のひらの上に取り出すと、口の中に放り込んで噛み砕く。
これは悪い夢。
目が覚めたら、きっといつもと同じ朝を迎える。
俺は相変わらず素直になれずに陽奈を困らせて。
でも、いつかきっと素直になれるし、陽奈に想いを伝えられる。
そう。
だからこれは悪い夢。
朝になって目覚めたら、きっと……。
「あーあ。また同じことを繰り返して……馬鹿な男」
睡眠薬を噛み砕き、腐敗しかけた死体の横に倒れ込み眠る哀れな男を彼女は見下ろしていた。
「でも、端から見ていたら、なかなか滑稽で面白いかもね」
目の前で繰り返される、冒涜的な倒錯恋愛劇。
睡眠薬が尽きるのが先か。
冬吾が死ぬのが先か。
陽奈の不在か冬吾の部屋から漂う異臭に気づいた誰かが通報するのが先か。
この倒錯恋愛劇がどのような結末を迎えるのか、高見の見物を決め込むのも一興か。
彼女は微笑む。
どうせ自分にはもう、既に肉体はない。
ならばこの状況を、狂った倒錯恋愛劇を、思う存分楽しませてもらおうではないか。
「光が強ければ強い程、影もまた濃くなるのは道理よね」
くすくすくす。
くすくすくす。
陽奈は笑う。
「もっともっと私を楽しませてね、冬吾」
くすくすくす。
まどろみに沈んでいた俺の脳裏に、笑い声が響く。
その声に引き摺られるように、俺は眠りの淵から現実へとゆっくりと浮上する。
瞳を開けても目の前は虚ろな闇で。
ツンとした静寂が耳に痛かった。
誰か。
何か。
音が欲しい。
重い身体を起こしながら、胸の内で叫んでいると……。
「まだ寝てたの?もう夜中だよ?っていうか、寝る以外に何かすることないの?」
くすくすくす。
再度聞こえた笑い声と共に、俺を嘲る女の声。
思い出した。
「陽奈……今何時だ?」
「午前2時過ぎ。丑三つ時だよ」
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