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絶望と救い
醜悪な笑みを浮かべこちらを見るロジャースと、もはやこちらを見ずにアリアーナの胸の谷間ばかり見ているルーベルトを下から眺め、ルディアは静かに瞼を閉じて今までの人生を振り返った。
(私の人生って、何だったのかしら……。カルカロス卿やルーベルト殿下に無理やり身体を暴かれるくらいならば、潔く死を選ぼう。神殿の教えで自死は重罪だけれど、これでライアス様の元へ逝けると思えばそう悪くないかもしれないわ)
ルディアは自身の初恋の相手で、今は亡き第一皇太子ライアスに想いを馳せた。ライアスは第一皇子にも関わらず父親の身分が低く、その上幼い頃に父親が亡くなってしまい後ろ盾がなかった。
そのためロジャースの派閥貴族に追い立てられ、十年前に皇室の代表として当時十三歳という若さで北の激戦地へと送られたのだ。
すぐに死ぬと思われたライアスの戦場での活躍はめざましく、十年近く戦場で生き残り、皇国の勝利に貢献した『戦争終結の英雄』だった。
その一方で、逆らう敵国の王族や貴族に対しての彼が執行した惨たらしい粛清は常軌を逸しており『戦場の死神』や『血塗れの悪魔』などと囁かれ、皇帝としての資質を疑う声が多いのも確かだった。
貴族の間では、血筋が確かで次期皇帝としての教育をしっかりうけてはいるが、傲慢で選民思想を持つルーベルトと、自国を勝利へと導いた英雄だが、血筋が悪く戦争しか知らないライアスかで派閥が出来ていた。
そして、皇位継承権の渦中にいたライアスは半年前に死んでしまった。敵の残党に囲まれて、毒矢で心臓を撃ち抜かれたそうだ。教皇庁からの報せのため、その死を疑うものは誰もいなかった。
ライアスの訃報に、ルディアはあまりの悲しみにより立ち直る事が出来ず、何日も枕を濡らした。それに比べてルーベルトは兄の死に対して、全く興味がないようだった。
ライアスの死の知らせを受けて、ルディアは塞ぎ込み続けていたが、ライアスがその命を賭してまで守った皇国民に尽くすために、皇后として立ちあがろうと思った矢先にこの状況だった。
(ルーベルト殿下の至らない部分は私が補えばいいと考えていたけれど、そもそもその考え自体がひどい思い上がりね。私一人が頑張ったって、たかが知れているはずなのに……)
ライアスは、彼の父親に似たという艶のある黒髪に、女王から譲り受けた為政者たる鋭さのある青灰色の瞳。性格は自分に厳しく他人にも厳しかったが、ルディアに対しては本当に優しく、まるで本物の妹に接するように甘かった。
(清らかな身体と貴方を想うこの心があれば、きっと向こうでも会える……)
ルディアはずっと蓋をしていたライアスへの淡い想いを解放しどこか清々しい気持ちになり、拘束されているにも関わらず少し気分が上向いた。
心に余裕が少し出たルディアは、自身を拘束している騎士の力があまりにも弱いことに気がつく。非力な貴族令嬢のルディアでさえ、それなりに力を加えれば簡単に拘束が外れてしまいそうだ。
戸惑いながら騎士を見上げると少し困ったように微笑まれたあと、耳元に唇を寄せられ警戒心から体が強張る。
「……ルディア様、この様な事態になり、大変申し訳ございません。我が君が到着なさるまで、今しばらくの辛抱でございます」
よく見ると、その彼は近衛騎士団長で侯爵位を持つアルフレッド・ドノヴァンだった。
彼は元々下級貴族の末子だったが剣の腕をライアスに認められた事でその才能をさらに開花。北の激戦地への出兵も自ら志願したという。
その後、ライアスの右腕として十年間戦場を駆け続けたが、半年前にライアスが亡くなったという知らせを教皇庁を経由して皇宮へと届け、そのまま近衛騎士団長として侯爵位を叙爵した人物だった。
「その……ルディア様のお体に少しでも傷をつけますと私の首が飛ぶので、お辛い事は重々承知しておりますが、今しばらくこのままでいてくださると非常に助かります」
明るい金色の髪に深緑の目が印象的だが、よく見ると瞳には疲労の色浮かび、日々の苦労が伺える。
そして、アルフレッドの言う『我が君』とは、一体誰なのか。
女王はすでに亡くなり、皇太子もルーベルトしかもういない。あとは王配だったルーベルトの父親ロジャースだが、この状況を招いているのがまさに彼らなのだ。
騎士達が『我が君』と呼び忠誠を誓うのは皇帝がいない今、あくまで皇族のみだ。
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