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ウィゼール? 聞いたことがない名だわ。
そう首を傾げていると、見たことがない十字架がある敷地にお母様も気になったようで足を進められた。そのあとを背に隠れるようにわたしも続く。すると突然お母様が短い叫びを上げたのだった。
「ウィゼール! あなたなんてことを!」
「……ひっ! おおオルテナ夫人! どうしてこのような場所に」
というやり取りが気になって、お母様の背中からこっそりと覗いてみた。
するとなんてことでしょう。十字架に一人の女の人が吊るされているではありませんか。
ひらひらの素敵なドレスに、艶のある緑色の髪を持つ女の人。わたしと然程歳は変わらなさそうに見えるけれども。
「ち、ちち違うのです。こここれは、姫様とちょっとした戯れと申しますか、魔術の鍛錬と申しますか……」
暑い夏には相応しくない黒いケープを纏った女性が、あわあわとお母様に弁明している。
ウィゼール――と、十字架に吊るされたまま姫と呼ばれていた女の人が口を開いた。
「オルテナ第二夫人様の前です。挨拶をしたいのですが」
「はっ! そうでした。ワタシとしたことが」
ウィゼールが握っていた棒切れを十字架に向けると崩れて土になっていく。もしかしてこれが魔術? お母様の背後に隠れているわたしはこの時、土の魔術を初めて目にした。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。ご機嫌麗しく、オルテナ夫人」
ウィゼールのそのあとに女の人も跪き、挨拶を述べる。その声は小さく、控えめというか、覇気が感じられなかった。
そして女の人は姿勢をそのままに、ひょっこりと顔を出しているわたしに目を向けて挨拶をしてきた。
「初めまして。ペネシア姫様。わたくしは『第五女』のユーディーと申します。お見知りおきを」
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