時計

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時計

 空を見るよりも先に、私達はそれを探します。ある時は壁に、ある時は手首に、ある時は電子機器に、三百六十度一方向に回り続ける二つの針を――もしくは針の先が指し示す数字、それを直接画面に表示したものを――私達はことあるごとに探し、見つめるのです。  今何時?  あと何分?  私達は私達に時間を指し示すそれらを「時計」と呼びます。時を計るもの、と呼びます。至極真っ当な名称です。これ以上なくふさわしい名称です。  では、彼らが針の動きを止めたのなら。  電池切れ、あるいは故障で時を表示しなくなったとしたら。  彼らは何と呼ばれるのでしょう? 「時計止まってるね」 「この時計、古いからなあ」  動かぬ針、正しくない時間。  それでも――彼らは「時計」なのです。  時を計らずとも、彼らは常に「時を計るもの」なのです。  だから私は、この時計が好きなのです。数年前から全く変わりない、時を計らなくなったこの電池切れの時計が好きなのです。  なにせこれは、いつまでも必ず「時計」であり続けるのですから。いつ見ても、どこに置いても、これは常に「時計」なのですから。  だから私はどうしてか酷く安心するのです。  私はことあるごとにこの時計を眺めます。止まったままの時計を長いこと眺めます。  時を計らずとも「時計」でいられるこの存在が、私にはどうにも心地よくてならないのです。 ----- 20220226
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