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地下道を脱出した僕は、あの場所に来ていた。真夜中の地平線を囲むように壮大な星が夜空を照らしている。静かな草原の上で、小刻みに震えている背中を見つけた。
「やっぱり、ここにいたんだね」
彼女ははっと振り返り、僕の顔を見た瞬間、声を上げて泣き崩れた。しゃくりあげる声で何度も謝るアマネちゃんの肩に手を乗せる。どれぐらいここにいたのだろう。彼女の身体は完全に冷えきっていた。
「事情は全部きいたよ。僕はアマネちゃんを捕まえるために来たんじゃない。話をするために来たんだ」
彼女は、信じられないとでもいうように潤った瞳を僕に向けた。そして、周りを警戒する。
「見張りの人は?」
「いないよ。ここには、僕とキミしかいない。それに誰も来ないから安心して。ここの住人はみんな、夜は動けないんだ」
なぜかわからないけど、この世界に住んでいる人たちは日が沈むと消えてしまうらしい。あの男性が教えてくれた。にわかには信じがたい話ではあるけど、脱獄する時、見回りの看守が一人もいなかったことを考えると納得できる。
音を立ててはいけなかった本当の理由は、地下道には夜中専用のトラップがあり、物音に反応して四方から矢が飛んでくる仕掛けがあったからだ。この情報も脱獄後に教えられた。
宝石のことや記憶のこともそうだけど、なぜあの男性は最初から全部教えてくれないのか。
「アマネちゃん。3日前にこの世界に来たって言っていたけど、嘘だよね。本当は今日、僕と同じようにこの世界にきて捕まったんじゃないかな」
無言のまま頷いた彼女の目から一筋の雫がしたたり落ちた。冷たい風が白い肌を撫でる。
「ここで話をするのは気がひけるから、場所を変えない?どうせ誰もいないんだし、近くの建物の中とかさ」
これ以上、夜風にあたっていたら、お互い風邪をひいてしまうかもしれない。僕はともかく、アマネちゃんに申し訳ない。
僕が差しだした手をしぶしぶ握ったアマネちゃん。それでもまだ警戒しているようで、あたりを注意深く見回しながら歩いていた。
月光を頼りに夜道を下る。
30分くらい歩いて、ようやく最初の建物を見つけた。その間、僕らに会話はない。それを苦痛とは思わなかった。
なにも書かれていない看板、ボロボロに割れた窓ガラス。見た感じだと、今はもう使われていないのだろう。とりあえず入ってみようと思い、入り口の扉に手をかけた。鍵がかかっていない。
中は、ところどころガラスの破片が散らばっていて踏むとジャリッと嫌な音がする。人の気配がないからか、不気味さが増していた。
「る、留衣くん。ここは?」
アマネちゃんは怖いのか、僕の腕にしがみついて離れない。そんな彼女を守るように、僕は奥へ奥へと進んだ。この建物は次の階につながっている。直感的にそう感じた。きっと、いろんな世界をまわって宝石を磨いているうちに、そういうことがわかるようになってきたんだ。
僕の予感通り、それは異空間から突如現れたかのように出てきた。
「すごい。留衣くん、ここに出口があるってわかってたの?」
アマネちゃんに褒められ、少しだけ顔が熱くなった。
「いやいや。僕がここまでたどり着けたのはこれのおかげだよ」
僕はポケットから汚れている宝石を取り出した。それを見た瞬間、彼女の表情が沈んだ。
「僕が見つけた宝石なんだ。今はこいつを磨きながら、最上階を目指しているよ。アマネちゃんも持っているよね」
「・・・わたしは、宝石なんてもってない。わたしが拾ったのは、ただの石なの。留衣くんみたいに綺麗なものじゃないから」
彼女に以前の自分の姿が重なった。宝石は最初から特別なものだと思いこんでいた自分。記憶を取り戻すためにはじめた旅で、ハズムくんやおじいさんと出会って宝石を磨いていくうちに変わっていった。特別なものは自分の手でつくりあげていくものだと学んだ。
これまでの旅で得たもの学んだことを、今度は僕が伝えていく番かもしれない。
「・・・アマネちゃん。キミがどう考えるかは自由だよ。ここからは、僕のひとりごとだと思ってきいてほしい。最初は、僕もこの宝石に価値がないって思ってたよ。でも、気づいたんだ。宝石が美しいのは、輝いているからじゃない。光をあたえてくれる人がいるから美しく見えるんだ。輝きかたは、全部ちがう。だから、僕はこの宝石の輝きを知りたい。こいつがどんなふうに輝くのか、この目で見てみたいんだ。・・・アマネちゃん。僕はキミの宝石も見てみたい。いつか、再会した時に見せてくれるかい?」
階段の光が僕たちの顔を照らす。
僕が伝えたかったこと、ちゃんと伝わっただろうか。これからどうするかは、彼女自身が決めることだ。そこに踏みこむことはできない。
僕はまた、長い階段の一歩を踏み出した。
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