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3 囚われのもの
郊外の海辺に佇むテラスの立食には、昼間だというのにどこか陰の匂いがつきまとう。
今日は親類に子が生まれた祝いで、普通の親類なら祝い品を贈るだけのところを、幹久の親類は必ず集ってあいさつを交わす。
集まっている人々が何より重く見るのは、今日もこれからも、互いに敵意がないと確かめるところにあった。
「商いはどうですか?」
「ありがとう、変わりないわ。娘さんもそろそろ学校を卒業する頃かしら?」
「ええ。じきにこういう集まりにも顔を見せますので、よろしく」
親類は立ちながらレモネードとクラッカーを手に世間話を交わすが、心の内で笑っているかはわからない。
金融、貿易、仲介、親類の生業は幅広く、表で話せない商品も多く扱っている。仮に対立したら互いに無傷では済まず、必ず良くない結果をもたらす。その意味では寄り集まることで衝突を回避する親類は、臆病で平和的な一族なのだった。
「美穂さんは、就職されてからどうかしら? 一人暮らしもなさっているのでしょう?」
遠縁の叔母にたずねられて、幹久の隣に立つ美穂はあいまいに笑った。
「家にいた頃とは何もかも違って、戸惑っています。気楽さとは無縁で」
「そうなの。私は結婚するまで実家を離れたことがなかったのよ」
叔母は夫を振り向いて苦笑すると、案外優しく言った。
「寂しくなったらいつでもお帰りなさい。昔とは違うのだから」
彼女はそう言ってあとは一言二言他愛ない話をすると、夫と共に今日の主賓の元に向かった。
集まりが始まってから、揺り籠に収まっている赤ちゃんの周りには人が絶えない。可愛いなどと騒いだり抱き上げたりはしないが、みな祝福の言葉と歓迎のまなざしを注いで立ち去っていく。
親類はそれぞれに生業を持ち、この集まりは互いの利を侵さないためのものだが、それだけでもない。身の内に取り込んだ者たちに、表立っては手を差し伸べなくとも、いつもどこからか見守っていて、それは情という呼び方もされる。
幹久も主賓である新しい一族の元を訪れると、枕元の銀の鈴を鳴らして彼女の誕生を祝った。
ここに来るとよく、幹久はテラスの上層階の小部屋で美穂と休憩を取ることにしていた。
宴の中頃、幹久と美穂はテラスから抜け出した。空は青く、窓から潮風が舞い込む、明るい午後だった。
幹久が美穂のドレスの背中のフックを下ろして楽にしてやると、美穂は白い下着姿でベッドに横になった。幹久も上着を脱いでベッドに座ると、美穂の足の間に手をついて彼女を見下ろした。
「写真でも撮ろうか」
幹久が思いついた言葉を何気なく言うと、美穂は首を傾げた。
「どうして?」
「枠の中に美穂を収めておけば、少し安心できる」
「私はいつもお兄ちゃんの側にいるのに」
そうできる立場にあることは、幹久も承知している。父が勧めるように美穂と一緒に暮らして……昔風にいえば、囲ってしまえば済むのだ。
けれどそうしないのは、幹久の中にまだ安全装置のような良心が残っているから。
美穂は裸婦を描いた絵画のように、野蛮に足を広げてみせる。
「お兄ちゃん、おいでよ。いつもみたいに暖かくなろう?」
……自分と美穂の間に欲情さえなければ、そうしても何も壊れるものはないだろうにな。
幹久は今日も麻痺していない良心に苦笑すると、美穂の背に腕を回してキスを交わした。
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