黒馬メラン

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黒馬メラン

 ごまかさなきゃならないのは、侯爵様とナダルだけじゃない。  ミンとラスカも同様。  隠すつもりはないけど、いろいろ詮索されても面倒よね。だから、お友達ができてそのお友達のところへゆくといっては別荘をでた。  嘘、じゃないわよね。  その日から毎日、侯爵様のお屋敷に通った。  黒馬メランは、予想以上に名馬だわ。レウコンもそうだけど、この黒馬は速くて力強い。それ以上に聡明だわ。  きっと神の馬にちがいない。  まずは信頼関係を築くこと。これは、どの馬にもいえること。  そうね。それは、人間同士にもいえることよね。  信頼し合わなきゃ、背中に鞍さえおかせてくれない。それをいうなら、銜などあらゆる馬具を装着させてくれない。  数日かれと接して、じょじょに距離が縮まってきた。  一週間も経つ頃にはかれの表情がだいぶんとよくなってきた。  馬場でかれと接しているのを、いつも侯爵様とナダルがみにきてくれる。  不思議なことだけど、馬たちの世話はナダルだけでなく侯爵様もされているみたい。  っていうか、侯爵様が積極的にされている。  馬丁のナダルは、なんなのかしらって首を傾げてしまう。  調教の合間やおわった後、お茶やお菓子をよばれるのが日課になっている。  そのときには、二人は競うようにして面白い話をしてくれる。っていっても、おたがいのドジや失敗の話ばかりだけど。  きらきら輝くかれらをみていると、ついつい笑ってしまう。  こんな気持ち、いままでに一度も抱いたことがなかった。  妹のことも婚約者のこともなにもかんがえなくってもいい。  自分の心がずいぶんと軽くなっている気がする。それから、明るくなった気がする。  ふと、しあわせってこんなことをいうのかなって感じてしまう。  そしてこの日、わたしはメランに乗り、馬場内を駆けまわった。 「すごい!セレス様、すごいですよね」 「ああ、これは感動的だ」  馬場の外で、侯爵様とナダルが手をたたきあって歓声をあげている。  自分自身がちょっと誇らしくなった。 「あとは、侯爵様がかれと信頼関係を築かれてください。そうすれば、かれは侯爵様の立派な乗馬になるはずです」 「いや、じつは、メランはナダルに譲るつもりだったんだ」 「ええ?」  すごく驚いてしまった。  名馬であるがゆえに、当然高価である。これほどの名馬なら、王族か侯爵くらいしか所有できない。  それを馬丁に譲る?  侯爵様ってどれだけ太っ腹なの?
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