言葉をしゃべれるんじゃない

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言葉をしゃべれるんじゃない

 な、なんてこと。瞼を閉じ、唇を突きだして顔をちかづけてくるじゃない。  こ、これはなに?いったい、どういうつもりなの?  いいえ。なにかはわかっている。この動作の意味はわかっているつもり。  だから、反射的に身をよじってしまった。  だって、わたしは一度もそれをしたことがないんですもの。 「マナ、どうしたの?いつも口づけをおねだりするじゃないか」  かれは、わたしがきいたこともないような甘ったるい声でいった。 「え?ああ、い、いえ。ご、ごめんなさい。きょ、今日はちょっと」  しどろもどろ状態。 「どうしたんだい?せっかくきみのご両親や口うるさいミナの目をごまかしてきたっていうのに」  かれの男前の顔がいったん離れたけど、抱擁はまだつづいている。 「じゃあ、このままでいよう」  このままでいよう?  ちょっと、いくらなんでもこれは苦しいわ。はなれてちょうだい。  っていえるわけないわよね。 「さっき、きみのガミガミ姉さんがいっていたよ。第一皇子のお妃候補にきみを立候補させる、とね。そのために、これからきみにマナーや教養をつけさせなければならないってね」  かれは、わたしの頭髪に口づけをしてから耳にささやいてきた。  ちょっとまって。耳がこそばすぎて耐えられないんですけど。  それから、この距離感は不愉快すぎるわ。 「ほんっと、きみの姉さんはおせっかいだよね。きみもいいレディなんだから、放っておいてくれっていう感じだよね。それよりも、自分のことをかんがえなきゃ」  驚きだわ。かれがこれだけ言葉を話せるなんて。  いつも「いいお天気ですね?」とか「侯爵様と奥様はお元気ですか?」って必要最低限のことを尋ねただけでも、「ああ」とか「うん」とかしか言葉を発しない。  両親から質問を受けても、「はい」とか「そうですね」程度の言葉を発するだけ。  てっきり、無口なのかそれとも言葉をしらないのかと思っていた。  それがなに?  ちゃんと言葉をしっているんじゃない。 「ふふふっ。まさか自分が裏切られている、なんて思ってもいないだろう。はやくいってやりたいよ。「きみとの婚約は解消だ。ぼくは、きみの妹と結婚したいんだ」ってね」  早朝の小鳥のようにさえずるテリー。  さすがのわたしも、かれのさえずりで気がつかざるをえない。
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