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決意
結局、妹はわたしのかわりにお父様とお母様を毒殺してしまった。
それを、わたしが指図したと自供している。
本来なら、お父様とお母様が死んだことにたいして涙の一つも流さないといけないのね。
でも、実際はでてこない。
なぜなら、実感がわかないから。
そのとき、以前というよりかはわたしがわたしであったとき、お父様とお母様が死んだときのことを思いだした。
あの日、二人は劇場に芝居をみにいかれた。劇場自体は、屋敷のすぐちかくにある。だから、馬車ではなくあるいていかれたんだった。
そのかえり、それはおこった。
暴走してきた馬車が歩道につっこんできた。運悪く、二人がそこを通りかかったのよ。
劇場にきただれかの馬車だったらしい。
だったらしい、というのは、停車していてだれもいなかった。そして、なんらかの理由で馬が暴走してしまったということ。
結局、だれの馬車だったかわからなかった。
馭者すらいない馬車……。
しかも、馬車には紋章の一つも刻まれていなかった。
もちろん、貴族のなかには馬車はあっても自分で馭者をする方もいる。かならずしも馭者がいるわけではない。紋章も、かならずしも刻んだり掲げたりするわけではない。
それでも、だれの馬車かわからないなんてこと、あるのかしら?
そういうことをかんがえたら、前回のお父様とお母様の死も、妹が関与していた可能性はあるかもしれない。
侯爵様とナダルのぼそぼそと話している声を背中でききつつ、窓の外をのぞいてみた。
湖のちかくにある侯爵様の屋敷とちがい、夜の薄暗いなかに建物がたくさんみえる。そこには人が住んでいて、それぞれの生活が営まれている。
何年も住んでいたというわけではないけど、しばらく別荘ですごして自然に慣れ親しんだせいか、こういうごみごみとした環境に急にうんざりしてしまった。
ナダルが仕入れてきた情報によると、伯爵令嬢ということもあって、妹はまだ屋敷にいるらしい。そこに、役人たちが妹を監視するかたわら、わたしをまっているというわけ。
そっと振り返って侯爵様とナダルをみてみた。
二人は、真剣に話をしている。
やはり、わたしやわたしの家族のことで、これ以上二人に迷惑をかけるわけにはいかない。
このままわたしといっしょにいたら、侯爵様の名を貶めることになるかもしれない。ナダルは、かれだけでなく本当のご主人様にまで迷惑がおよぶかもしれない。
どうせ一度は毒殺された身。こんなに素晴らしい友人にも出会えたんですもの
もうなにも思い残すことはないわ。
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