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――あと、もう少し。
ずるずると這っていく。背後から聞こえるのは呻き声と甲高い悲鳴。
鳴り止む気配のないそれらはこちらの気持ちを逸らせる。
早く、早くしなければ。
足はまともに動かない。腕を使って前進する。軍隊出身でもなければ常人はきっと途中で断念してしまうことだろう。しかし、彼は違った。この男はこんなところで死んでたまるかと、必死の思いで匍匐前進を続けていたのだった。
辺りは暗い。
灰のにおいが充満し、塵が降ってくる。
まるで火山の噴火だ。そう思えるほど、熱い空気が人々を襲っていた。
目指す先は、川。
男の体は火傷だらけで、足は倒れてきた鉄骨に挟まれ、意地でも死なんとして思い切り踏ん張った結果、その足は千切れてしまっていた。グロテスクな状態で、流血も酷く、周囲に人間はいないので川に着いたところで助かる可能性はないに等しかった。
しかし、一縷の望みにかけて、男は前進する。
もう少し、もう少し。
柵を乗り越える。
真っ逆さまに男は川に落ちた。
アメリカの都心に立ち並ぶビル群の中で、爆発事故が起きた。
一台のトラックが「爆弾」を運んでいたようだった。
被害は多く、ビルはその一帯、百キロメートルに及ぶ火災や倒壊事故が起きた。爆心地にいた人間は生存不可、地面も抉れ、姿は無事であれど倒壊した建物の下敷きになって生き地獄と化しているところも多々あった。
そして、爆発が収まったと思った刹那、連鎖するように乗用車や電子機器、近くに構えていた料理店や人が持っていたライターなどありとあらゆるものに引火し、甚大な被害が出た。
ヘリコプターから中継されるその景色は地獄そのものだった。
川に飛び込んだ男は水面に浮かんだまま動かなくなっていた。その川は、のちに血の川と呼ばれるようになった。それほど、身の安全を守ろうとして人々が飛び込んだ結果、川で多くの死者が出たからであった。
戦争でも起きたのだろうかと疑うほどに、血にまみれ、火は広がり続けていた。
空から水を撒くも、
雨が降るも、
やはり収まる気配はない。
何年か過ぎて、その町は閉鎖された。
犯罪者の巣窟と化した。
犯罪が横行する中、一人の少年が立ち上がった。
「……もう少し」
彼は言った。
「もう少しで、変わる」
立ち上がった少年は、仮面を被った。
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