世界最後のマスクマン

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 世界からコロナウィルスが完全に消滅した。  そのニュースは瞬く間に世界中に広がり、やったやったと、世界中の人々が一斉にマスクを外した。私も外したいと思ったが、それができなかった。  私は『鼻毛抜き専門店』を営んでいた。  どういう店かと言うと、文字通りお客様のお鼻毛をお抜きするお店だ。  お客様は鼻毛を抜かれる際には当然マスクを外される。コロナがなくなったとはいえ、鼻毛を抜く際にお客様の顔に自分の顔を近づけることを考えると、今まで2年弱エチケットとして着けていたマスクをいきなり外しての接客は、お客様に不快感を与えるかもと考えてしまう。ゆえに、なかなかマスクを外す勇気が持てなかった。  と、これは建前だ。理由は他にあった。  私の店はブラジリアンワックスを使って鼻毛を抜く施術を行っていた。  木の棒にワックスを塗りつけ、それを鼻の穴にツッコんで思いっきり勢いよく引き抜くというものであった。その引き抜く時の勢いたるや、ちょっとしたカミナリよりも電光石火であった。実際はそんなに痛くないのだが、鼻毛がブチブチ抜ける音を聞き、抜けた鼻毛の束を見て、みんなよくやるな、とやった張本人だが思っていた。  で、それがどうしたって?  ぶっちゃけよう。私は自分の鼻毛を手入れしていないのだ。鼻毛抜きを仕事にしてから、その鼻毛の抜く時の痛々しさを見すぎて、自分の鼻毛を抜くのが怖くてできなくなっていたのだった。  もちろん、鼻毛をハサミで切って処理するという方法もある。しかし、抜かずに鼻毛を処理するという行為は、鼻毛抜き専門店を営む者として許されざる行為ではないかと思うようになっていた。お客様がそういった方法を取られることはやむなしと思えど、鼻毛抜き職人が行うべきではないと思っていた。  だから私のマスクの下はそよいでいた。不燃性のマスクをつんざくほどの剛毛鼻毛が両穴からごっそり飛び出しているのであった。それはさすがに人様にお見せできない。
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