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私には、霊が見えない。
鬼もいない、邪悪な者も、私の目には映らない。
それなのに、何故。
魑魅魍魎、妖怪、亡者の類を求めてさまようのか。
怪奇に惹かれてしまうのか。
それは、確かに存在する世界だからだ。
私にはそう、感じるのだ。
私は幼い頃から、その空気を感じてきた。
どこかで、誰かが、私を見ている。
振り返っても、誰もいない。
いない、と思って顔を傾げてみると、その頬を撫でる風が在るのだ。
意志を持った風が、私の頬を、撫でる。
私が見えないすぐ近くに誰かが、いる。
その誰かに触れたくて、近づきたくて。
私は民俗学者になったのかもしれない。
私は紙の中に、地図の中に、山の、海の傍の祠の中に。
確かに、私が感じたあの空気がある事を確認していった。
ときたま、【彼ら】は落とし物をしていく。
私に手がかりを与えるかのように。
それは、あの世への導きなのか。
それとも単なる忘れ物なのか。
私には解らないのだ。
だが確かに。
私は追いかけている。
あの、ぞろり、と私の頬を撫でた、恐ろしくて、それでいて……懐かしい、何かを。
「先生、本当にいいんですか?」
井上君が言った。これで何回目なのだろうか。私も何回言ったか解らない台詞を返す。
「私が決めた事だよ、井上君」
そうすると井上君は目を伏せて頭を下げる。それは、東京を出る時も、新幹線を乗り継いだ時も、ローカル線の電車を待っている間も……そしてレンタカーを借りて八手村に向かっている最中の今も。彼女は私に謝り続けている。やれやれ、とわざと声に出してから、田舎のあぜ道に車を停めて私は井上君の肩にぽん、と手を置いてからなるべく穏やかに、言葉を選んで話した。
「気にすることはないんだ。私が行きたいんだ」
「でも……、もしかしたら先生が危ないかも知れないって、お母さんに言われて……とんでもないことを先生にお願いしたのかもしれないと気が付いたんです」
「ははは……。そんなとんでもない所に君一人、行かせるわけにも行かないよ。それに……オヤクメサマの大体の見当はついている。本当に、呪いというものがあれば、そして、本当に、オヤクメサマが私達の想像通りならば……」
「ならば……?」
「私は命を落としてでも、会いたいと思うんだ」
「せんせい」
「いいかね、井上君。怪異とは、怪奇とは。大抵が気のせいや、言い伝えの中でのオーバーリアクションなんだよ。だがね……もしも怪奇が現実に起こっているのならば……私は……」
「先生、私……こわい。先生が、死に急ぐような顔をしているから」
井上君は、怯えていた。
笑顔の私に、怯えているのだ。
私もまた、正常な人間にとってみれば【怪奇】の一種なのだろう。
怪奇を追い続けて、怪奇に魅せられた。
だから、私は井上君に感謝しかない。という事をゆっくりと語った。
「いいかね、井上君。もしも、私がどうかなってしまった時は、私の最後を長田という男に伝えて欲しいんだ。それも、詳細に。万が一、何かあった場合は、東京の大学の私の教授室の机に日記があるのでそれを持っていってくれたまえ」
「先生、どうして」
「だってね、井上君。そうしたら、私が怪奇になれるんだよ。長田と言う男は実話怪談の編集をやっているのでね。私が死んだ後、その物語を君が語ってくれたなら私は自分自身が都市伝説や、怪談噺の主人公として永く、生きられるんだ。それは私にとって、本望な生き様なんだ」
「いや!」
私が井上君に力説している最中に、彼女は短く叫んで私の胸の中に飛び込んできた。
肩が、震えている。
「いやです、そんな……先生がそんなことになるなんて……いや……!」
「いのうえくん」
「だって、わたし……先生の事……」
彼女が顔を上げる、私は見た。
彼女が嗤っているのを。
「せんせいのこと、だましてたんですもの」
その瞬間に、スプレーのようなものが顔に吹きかけられて目が開かなくなった。必死でもがいているうちに、口に布のようなものを押し当てられ、私は昏倒してしまったのだった。
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