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※頭が壊れてしまった人が出てきます。苦手な方はおやめください。
夢で青い花を見た。曼殊沙華のような青い花だった。
そこがどこか、というのは不思議と解らなかったが、ただ、花が咲いていた。
どうにもそれは毒々しく、しかし毒は美しい物だということを私は知っている。
毒のある生き物は美しい。
色とりどりの肌をまとい、捕食者を挑発しているのだ。
「おたべなさい」
青い曼殊沙華が囁く。
「わたしをおたべなさいったら」
その声は、聞き覚えがある。
ああ……。
井上君だ。
そう思った所で一気に目が覚めた。
目が覚めると、私は自分の両手が戒められているのに気が付いた。
そして、そこは洞穴のような場所だった。
周りを見渡せば、深く、広いその場所には粗末な小屋が建てられていた。明かりがついている。洞穴の入り口にまず向かおうと思ったけれど、私の両手を戒めているロープに、さらにロープが巻き付いていて、私が入り口に行くには到底足りない長さの物だった。それは、そうなんだろう。私が逃げないようにという配慮は非常に正しい。ならば灯りのついている小屋へ行こうと思うのは道理で、まだ思考が定まらないなか、私は小屋をのぞいた。古い、小屋だった。洞穴は、随分深く奥まで続いているようだったが、風の音、そして一筋の明かりもない漆黒の闇の中を歩く度胸は私にはなかった。年月の経っているであろう小屋に扉はなく、中には、藍染めた着流しの一人の男が寝転んでいた。小屋の中は整っていた。茶箪笥、ちゃぶ台、仏壇……生活感があり、ここには電気も通っているようだった。
そこにいるのは恰幅の良い、男だ。
髪は長かった。
手足は戒められていない。
(これは、もしかして。井上君の父上ではないのか)
そう思ったので「もし」と声をかけてみる。返事がなかったので縛られた手でにじり寄りながら、「もし、もし」と足をぽんぽん、と叩いてみるとぴくり、と男が動いた。ゆっくりと起き上がる。
ああ、よかった。と思って安堵した瞬間に男がこちらを向いた。
男の顔は、気だるげだった。年の頃は五十代だ。井上君が生まれた時が三十五と聞いていたので彼が、井上康介なのだろう。よし、彼を説得して縄を解いてもらい一緒に逃げよう、そんな考えを私が持ったときだった。男は、ぱかり、と口を開けて言った。
「おちんぽ」
「……え」
「おちんぽ、ちょうだい……。お腹が切ないの……ぼく、なんにも、お腹に入ってないよお……。おちんぽ、ちょうだい……さみしいよお」
男らしい顔の、唇から甘えた子供のような声が聞こえる。
目は、とろんとしていた。
「おちんぽ、ほしいよ……大きい、よういちの、おちんぽ……。さみしいよお……いいもん……ぼく……自分で気持ちよくなるもの……」
そう言ってぐずぐずと言いながら大きな幼児はのろのろと、茶箪笥へ向かい、一番下の箪笥を開ける。開けると、そこには夥しい量の淫具、つまりは男性器を模した張り型などが入っていた。その中のものを一つとると嬉し気に男はその張り型を飴のように舐め始めた。途端に、頬が上気する。私と同い年か、少し年下の男が色欲を隠そうともしなかった。そればかりか、丹念に張り型を舐め、しゃぶり終えると、何の迷いもなく、速やかに下腹部へ誘いざなった。まるで、いつものこと。そんな風に見えた。あっという間の出来事で私は見ているしかなかった。男が着流しの裾を割り、自分の男性器を擦りながら、アナルへと張り型の先端をぐい、と挿入する。
「ほら、見て。はいってるよ。ぼくの、穴に、きもちいいの……はいってる……おっおっ……穴の中がきもちいいよお」
うっすらと上気した頬、口が、緩む。男が張り型を挿入してから幾時も経たないうちに、じゅぽじゅぽ、と嫌な水音が聞こえてきた。何をしているか、解っている。見せつけている。
男は、色狂いになっていた。
井上君の父上らしき男は、恥も外聞もなく、見知らぬ男に股を開き、セックスに誘うほどには壊れていたのだ。男はころん、と腹を見せる犬の様な態勢になって私に痴態を見せつける。誘っていた。媚びた笑いを張り付けて、自慰を見せつけていた。
「ねえ、おじさん……おちんぽ……出してよ。ぼく……うまくできるよ……女よりも、うまいよ……陽一も僕が一番好きだっていうんだ……だから……ねえ……抱いて……おちんぽ……ちょうだいよ……」
私は自然に首を横に振っていた。
彼はきっと、耐えられなかったのだろう。
何に?
何もかもに、だ。
恐らく毎日を恐怖と混乱と共に過ごし、男として扱われず、女のように抱かれて、壊れそうだった。
いや、壊れなければ、自分が保てないと悟ったのだ。
老人の痴呆症というのはよく出来たシステムで、死への恐怖の軽減だとも言われている。
そうなら、きっと井上康介の頭にも似たような事が起こったのだ。
死を考えてしまうほどの恐怖や絶望の前にして、自我をしっかり持てというのは酷な事である。
私には彼が壊れてしまった、最早人としては終わっているなどと、軽々しく述べる事はできない。
これもまた、人の知恵なのだ。
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