オヤクメサマ

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せんせい。 わたしのこと、ひどい女って思ってますか? でも、本当の事なので全く気になりません。 だって、人生一度きりなんですから。 愉しまなくっちゃ。 私ね、お父さんと会うのは、お父さんが大勢の前で陽一君にレイプされてから二度目になるんです。実は、あの後一度、会ってるんですよ。東京に戻った後、お母さんに村の人から連絡があって、私達が住んでいた家やお父さんの財産をどうするか聞いてきたんです。「離婚はさせられないが、財産をあげたい。書類にサインしてほしいから一度帰って来てくれないか」って。 普通、男の人なら「いらない」とか言いますよね?でも、私達って女なんです。女って、現実的なんです。お金はあった方が良いに決まってます。だから、お母さんと私は一度村に戻りました。 実は……その時のお母さんは、まだお父さんに未練がありました。 警察に行ったり、弁護士を雇えばお父さんを救い出せないだろうか。 そんなことを私に言うんです。 だから、私は村の人に連絡をとりました。 「もう元には戻せないお父さんを見せて、お母さんを諦めさせてあげてください」 村の人たちは私の助言を喜んだわ。「さすが、村の血を引く人間だ」ってね。私は馬鹿みたいって思った。村の血が濃いお父さんを、化け物にくれてやるお前達は一体何者なんだって。村の為、オヤクメサマの為、そんなルールの為に人一人の人生狂わせてもなにも思わない人間より、私自身の欲望の為にお父さんを生贄に差し出して、自分の罪をよく解っている私の方がよほど高尚だって思いませんか、せんせい。 それで……私達は村に行きました。 お母さんはお父さんはどうしているだろうか、元気にやっているだろうか……それが気になるようで、村に帰って送迎の人に会うなり矢継ぎ早にお父さんのことを聞くのですが、村の人はにこにこと笑って誤魔化します。 「まあまあ……すぐ会えるから」 「そんな……自分たちのしたことを解っているんですか?これは誘拐ですよ?!それに、その……強姦です!いいですか、私は警察に行く準備だって……」 「ねえお母さん、早くお父さんに会おうよ、会ってから決めよう」 憤るお母さんをなだめながら私はお母さんを車に乗せました。着いた先は大井上家の離れでした。私達は十畳ほどの座敷に案内され、やってきたのは大井上家の主、つまりは村長である陽一君のお父さんと、数人の男の人達でした。 「やあやあ、待たせて悪かったね」 「貴方達……自分が何をしているか解っているんですか?」 「そりゃあ、もう重々承知しているよ。悪かったね、奥さん。君の御主人をあんな目にあわせてしまって……」 「主人は、主人はどうしているんですか?返してください、あの人を返して」 「解ったよ。今、準備をするからとりあえず、書類を書いてくれるかな?」 「なんですって」 「康介に会いたいんだろ?」 お父さんを返すと言っているのに、書類を書けと言ってくる村長にお母さんは何度か抗議するのですが、村の人たちはやんわりと笑って立ち上がろうとするお母さんを座らせ、机の上に書類を置きました。一枚目は、「この村の事を他言しない」「お父さんに一切かかわらない」「その見返りに多少の援助と井上康介の全財産を母に譲る」というものでした。そしてそこには、父の署名と母の署名を記入する欄があるのですが、どちらも、未記入のままでした。そして家の所有を手放すための書類や、財産がどれくらいあるかの試算が書かれている紙……お母さんは「ふざけないで」と言いました。 「こんなもの……!私はあの人を返してほしいの!お金なんかより……!」 「まあ、まあ」 にこにこ。 村の人たちはみんなにこにこしていました。 べつにたのしいわけでもないのに。 でも、怒りたい訳でもない。 つまり、感情が湧いてこないんです。 お母さんなんて、どうでもいい存在だから。 虫けらみたいな存在だから。 小さな虫を殺すのに、悲しそうな顔をする人なんていません。殺したくない人は、逃がすでしょう? 大抵の人は無表情で、ぷちりと指で押しつぶして、終わりです。潰れた虫の汁に悪態なんかついて、ティッシュで拭いて、終わりです。 村の人から見ればお母さんも、そんな存在だったんだと思います。 解るんです。 私も笑っていたから。 無表情って怖いじゃないですか。 だから、笑ったんです。 お母さんは男の人に囲まれて泣きそうになっていました。村長がこう言いました。 「今から康介と会わせるけれど、声はけして立てないでほしい。いいかね、約束できるのなら会わせてあげよう」 「わかりました、約束します」 お母さんは頷きました。 そこで、村長は村の人に目配せして、離れの座敷を区切ってある襖を開けるように命令しました。 男の人が、襖を開けます。 そこには。 布団が敷いてありました。 寝室、そんな風にも見えました。 でも、異様な物がひとつ、布団が敷いてある傍にあったのです。 それは、箱でした。 木の箱です。大きさは……平均的な男性の腰まであるくらいです。そして正方形です。厳めしい、木の箱です。どこもかしこも厳重に釘が打ち付けてありました。ただ、妙なことに右端に筒がついていました。 ラップの芯、くらいです。鉄みたいななにかで出来ているものがにゅっ、と伸びていました。そして、箱の上には。 小さな蓋、みたいな物も取り付けられているようでした。 「おおい」 村長さんが箱の傍に行き、箱に呼びかけました。 すると、箱の中から。筒の奥から。 「だして」 とか細い声が聞こえるのです。
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