オヤクメサマ

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どれくらい、そうしていたんでしょうか。 私達の目の前でお父さんが犯されていたのは何分くらいなんでしょうか。少なくとも、たっぷり三十分、もしかするともう少し長かったのか、それとも短かったのか……。よく、解りません。 ただ……お父さんが荒い息を立てだして、一度、オヤクメサマが中に、出しました。満足そうにオヤクメサマが性器を引き抜くと、白い、粘ついた液体がお父さんのお尻の穴から流れて……オヤクメサマの性器と、糸でつながっているような……そんな気がしました。その液体の名前も私はしらなかった、幼い子供でした。でも、いけないことをしているというのは解っていました。お母さんは嗚咽をもらして真っ青でした。私はどこか、夢を見ている気分でした。昨日まで、普通の家族だったのに。今では父親がレイプされている所を見せられている。昨日の私がそんなことを想像できたでしょうか。いいえ、です。 未知の世界に叩き落とされた気分でした。 お父さんは中に、精液を出されて。 あうあう、と言葉にならない事を口走っていました。 村の男達は。 「おめでとうございます!」「これでオヤクメサマも立派な男になられましたな!」「康介も家族に自慢していいんだぞ!なんていってもオヤクメサマの筆おろし、させていただいたのだからな」などと勝手な事を言っていました。 お父さんは。 もう、これで終わりだと思ったようでした。涙を拭いて。私達の方へ向きました。それで、「ごめんな」と言いました。それから、「もう、大丈夫だから……」と言ってダイニングテーブルから降りようとしました。 でも、それをオヤクメサマが許してくれませんでした。 私達の所へ行こうとするお父さんを、そっ、と捕まえました。そして、今度はうつ伏せにしたのです。強い力だったのかは解りません。ただ、体格の良いお父さんが身をよじってもびくともしませんでした。お父さんは「もういやだ」ともがきましたがオヤクメサマはまた、大きな男根を、穴の中へ、挿入しました。今度は叱るように、ぐっ、ぐっ、ぐっ、と強く挿入が始まりました。お父さんの体が飛び跳ねます。おとうさん。 あれはもう私の知っている父ではありませんでした。 哀れな、男でした。 泣いても、乞うても。 お父さんは、誰にも助けてもらえませんでした。 そのままオヤクメサマは父を抱きかかえました。まるで、小さな子供におしっこをさせる体勢です。陰部が丸見えでした。その状態でオヤクメサマはゆさゆさと、下から乱暴にお父さんを突き上げます。お父さんは「ひい、ひい」と泣きます。そんなお父さんの耳元に、オヤクメサマの唇が近づいて何かを囁きました。お父さんは涎を垂れ流しながら、それでも首を振ります。するとオヤクメサマは叱るように激しく突き動かすのです。 そして、お父さんは、何度目かの抵抗をした後、とうとう言ってしまいました。 私達を見て、情けない顔をして言います。 男に犯されたまま、性器を穴に入れたまま、ぼろぼろ涙を流しながら言うのです。 「二人とも……すまなかった……お父さんは……オヤクメサマの女になったので……もうお前達のお父さんではなくなってしまったんだ……すまない……すまない……」 それを聞いてお母さんが「わっ」と泣きだします。 私は呆然と、オヤクメサマを見ていました。 すると。 オヤクメサマがにこり、と笑って言いました。 「美和子ちゃん、これ可愛いでしょう。私の大事な宝物なんだ」 そう、言ったのです。それは。私が前に髪飾りを見せた時の、台詞でした。私の声を真似て、わざと言ったのです。 そのまま、オヤクメサマは、お父さんと繋がったまま、私達を通り過ぎ、帰って行きました。 どーん、どーんと太鼓が鳴りました。 「おめでとう」「おめでとう」と私達に声をかけながら、男の人達は帰りました。玄関には、御赤飯や、お祝いの品が置いてありました。 そんなもの、いりませんでした。 お母さんは泣いてから……「こんな場所にいたくない」と言いました。私も同感でした。だからその日のうちに村から逃げるように東京にやってきたのでした。 長く陰惨な話を終えて、井上君は「うっ」と喉奥から声を出して、口をハンカチで押さえた。 顔は蒼白だった。その時の事を思い出したのだろう。 酷い話だった。私はどうしていいか解らずにおろおろとしながら、問う。 「大丈夫かい?少し横になってはどうかね」 「いいえ……大丈夫です……。私こそ、こんな話をしてごめんなさい」 「いや……構わないよ。しかしひどい目にあったのだね……そんな村に帰る必要なんてないんじゃないかな……私は……そう思うよ」 「でも、父がまだいるんです。あの日からずっと、父はオヤクメサマの傍にいて、奉仕しているそうです」 「なんだって」 「村の人々が言うには……「お前には権利がある」って言うんです」 「権利」 「願いを叶えてもらえる権利です」 そこで私は思い出す。 オヤクメサマに願いを叶えてもらえるのは、村に貢献した者、村の為に利益をもたらした者。 それならば、その願いを叶えてもらえるのは、井上君の父ではないか。そんな思いで井上君を見ると、彼女はゆっくりと首を振った。 「父は、駄目だそうです。もう、お父さんはオヤクメサマの物なので……人間ではないそうです」 「人間ではない?」 「強いて言えば……供物、でしょうか」 供物。 私が顔をしかめると、井上君は「ごめんなさい」と頭を下げたので慌てて訂正した。 「いや、気分を害したわけではないんだ。ただ、余りにも非人道だと思っただけで……」 「そうです。私も思います。でも、あの村ではこれが普通にまかり通っています。そして、村の人たちはさもそれが良い事の様に私に言うんです。「二十歳の祝いに、オヤクメサマに願いを叶えてもらいなさい。お前にはその権利があるんだよ」と。でも……私は……そんなものよりもお父さんを助けたいんです。警察にも行きました。でも……相手にされませんでした。というより、こんなこと……言えません」 それは、そうだと思う。年若い娘が交番に行って、こんなグロテスクで突拍子もない事を赤の他人に訴えることができるだろうか。 ならば、なぜ、私なのだろうか。 いや……私だからなのかもしれない。 私の本は怪奇や、伝承をより詳しく生々しく書いている。 おためごかしは許されない、と思っているからだ。伝わっている物事を、正しく後世に伝えるべきだと思っている。だが、時にはそれが、「エログロ」だとか「悪趣味な本」だとか言われる場合も多い。 怪奇とは、性と穢れと闇に潜む何かが混じりあって生まれる事が少なくない。 それと向き合っているだけなのだが。 ある人は研究者の私さえ、「穢れ」と思う事もある。 それも仕方あるまいと私は思っている。 ニーチェの言葉を借りるなら、【Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.】つまりは【君が深淵を覗く時、君のみならず、深淵もまた等しく君を見返すだろう】だ。 ならば、私も、また、深淵に近づいている。私にとっての深淵とは。 怪奇だ。 そして怪奇に近づく度、私は他人から見れば、また、怪奇に見えるだろう。 私自身が、怪奇に近づきつつあるのだ。 私は井上君をどう慰めていいか思いあぐねながら、ゆっくりと言葉を選んだ。
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