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「井上君……君は……お父さんを助けて……それから……家族になれると思うかい?」
「え?」
「いや……私は君を傷つけるつもりはない。ただ、手助けをしたいと思っているから、大事なことを聞いているだけだ。もしも、お父さんが無事であったとして……君はお父さんと家族をやり直せると思うかい?」
「もちろんです」
彼女は即答した。
「お母さんも、そう思っています。それは、本当なんです。だって……お父さんが悪い事をしましたか?私達のお父さんは……奪われたんです。それを、取り返したいと思ったら駄目なんでしょうか。お父さんは私達を逃がすために、ろくな抵抗だってしないで……そりゃあ……ショックでした。お父さんが男の人に……あんな……酷い事をされて……私達は見ていただけなんですから……」
「すまない、酷い事を言って……悪かった」
「いえ……私こそ、先生にとんでもない話を……」
「いいんだ、私の専門分野でもあるしね。よし……そうか……君の気持ちは充分伝わった。役に立つかは解らないが。私も八手村に行こう」
「いいんですか」
「もちろんだ。興味がわいてきた。それに……お父さんはまだ、無事なようというか……なんというか、オヤクメサマの女にはされたが、もらわれちゃ、いないようだ」
「え?」
井上君は不思議そうな顔をしたが、私は自分の感じたことを彼女に伝えた。
「疑問に思ったんだが。オヤクメサマは人に物をあげるとき、または欲しい物があるとき、手を差し出すのだろう?君の髪留めを欲しがった時のように」
「……ええ」
「でも、君のお父さんを欲しがった時は指さしただけだ。それに、村人を扇動しただけだ。つまり……」
「つまり?」
「単純に、だよ?もし、オヤクメサマがなんらかの力があったとしてだ。それをお父さんの時は使わなかった。多分、使っていない。だから……助けられる確率が高いってことだと思う」
「どういうことですか」
「うん……私が思うに……オヤクメサマは手を差し出し握った掌を開いて物を手に入れる力があり、与える力がある訳だ、唄の通りならね。だが、君のお父さんはそうしなかった。単純に、欲しかったんだろう。18歳ならば、当然のことだ。彼はきっと、寂しかったんだろうね。村で愛情を持って彼に接したのはおそらく……君の父親だけだったんではないだろうか。母の愛も知らず、父も自分に近づかない。奇異な存在としてしか存在価値のない子供は、家族の愛と肉欲の愛の違いすら、解らなかったんだ。だから……君の父親を愛した。例え、他人から見て歪いびつだとしても、それは紛れもない、彼が心のうちに産んだ、愛の形だ」
「そんな……」
「彼は手に入れたかった。無意識のうちにかは解らないけれど、オヤクメサマの力を使わないで、自分の力で愛する人を物にしたかった。私にはそう見えて仕方ないんだ。だから……物理的にだよ?お父さんを取り返せるかもしれないと話を聞いていて思ったんだ。今もお父さんは健在なんだね?」
「はい、村の人達が言うには、オヤクメサマのお傍で元気でやっていると、そう聞いています」
「だったら、今回の事は良い機会かもしれない。できるかどうか解らないが……。やるだけのことはやってみよう」
「ありがとうございます……!私……父を助けるためにいろんな文献や、伝承を調べました。頼りになる人も全然いなくて……。でも、大学に入って先生に出会ってから、ずっと思ってたんです。先生なら、私の父を助けてくださるかもしれないって。勝手なことですけど……」
「いや……ありがとう。私も出来るだけ、頑張ってみるよ」
「うれしい……ほんとうに……ありがとうございます」
彼女はハンカチで目を押さえた。
涙が、一粒、二粒。こぼれ落ちた。
ああ、美しい。
どぎまぎしながら、それを紛らわそうと私は何か喋る話題はないかと考え、ふと、思った事を言ってみた。
「いや……それにしてもあれかな。君の村は天狗の伝説なんかあったりするのかい?」
「え?」
「いや、ほらね?名前が八手村(やつでむら)だろ?ヤツデっていう植物は別名をテングノハウチワ、なんて言ってね。天狗が持っている植物なんだ。それでね……」
「そうなんですか?」
今度は私が「え?」と聞き返す番だった。
彼女はきょとん、として言うのだった。
「私の村では、八つ手は蜘蛛の事を言うんですよ……」
「へえ、そうなのか。珍しいね、方言かな」
「どうなんでしょう。でも、怖い生き物だって聞きました」
「蜘蛛が?」
「はい。とても怨み深い生き物だって。だから、私の村では蜘蛛は殺しちゃいけないって決まりなんです。特に……手を、足をもいではいけないって。そう聞きました」
私は曖昧に頷きながら、思った。
探らねばなるまい。
八手村に行く前に。
オヤクメサマとは一体、なんなのかを。
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